コケの見方 

 

岡山理科大学・自然植物園

西村直樹

 

 

コケはとにかく小さい.だから,コケを見るときには,立ったままで足元のコケを見ていても,その名前はわからないことが多い.また,何種もの種類が混じっていても区別できない.ひざまずき,顔を近づけ,手に取ってみる.さらにはルーペでみる.

コケを見るときのそれぞれの場合で,コケはその仲間や種類に特有の「特徴」を見せてくれる.その「特徴」によって,野外でも,何科の仲間か,何属のものかぐらいはわかるようになるし,種によっては,「たぶん何々ゴケだろう」とわかるものもある.

ただし,もし,正確にコケの種名を知りたいのであれば,コケを持ち帰り,実体顕微鏡や生物顕微鏡を用いてその種の細胞的特徴を確かめた方がいい.

 

 さて,コケを観察・採集するときに,実際にどのようにコケを見ることになるか,順を追ってみよう.

 

1.離れて

 

 わざわざ離れて見るわけではないが,私たちはコケが生えていそうな場所に近づいたら,地面,岩壁や樹幹などにコケ生えていないかどうかを見る.

 

コケの種は,通常,群落を作って生育している.その群落の様子や色合いは,群落の成熟度や生育場所の環境によって多少異なるが,それでも種ごとに特徴がある.また,コケの種は,どんな環境に生育できるか,また何の上に生えるか,ほぼ決まっている.だから,慣れてくると,数メートル離れていても,どんな仲間のものかがわかる.

 

 同じ場所であっても,ちょっとした環境の違いに応じて,コケの種類は変わる.一つの岩壁でも岩壁の上方と下方とでは水分条件が異なり,光の当たり方も違う.そのような違いに応じて,生える種類も違っている.壁面と棚の部分でも,当然,微環境が異なり,生育する種類も違っている.そのような違いをチェックしながら,おもむろに近づくことになる.

 

 

 

2.近づいて

 

 1−2メートル程の所まで近づくと,コケの群落の一つずつをよりはっきりと区別できる.同じ種類の群落がどのように広がっているか,別種の群落がどのように混じっているかがわかる.私たちが衣服を見たときに,その素材が絹か綿か羊毛か,何となく分かるのと同じような違いがコケをみたときにもある.

 

もう少しコケに顔を近づけると,茎が立つか這うか,茎がどのように伸びているか,絡まっているか,また,枝の出方や,葉が細いか丸いかなどの大体の形,葉の付き方や開き方,乾いていれば,その縮み方なども何となくわかる.毛糸のセーターを見て,どんな太さの糸でどのような編み方をしているかがわかるような感じだ.そういった特徴は,言葉で表現するのは難しいが種ごとに何かしらの特徴がある.

 

 胞子体の有無もわかる.コケの大きなグループ(目や科)は,胞子体の形状で分けられているので,胞子体があれば,よりはっきりと何の仲間かがわかる.

 

 採集する場合には,あわててコケに手を伸ばさない方がよい.コケの群落は色々な種類が混じっていることが多いので,よく見て,純群落の部分を採る.胞子体を付けているとなお良い.

 

 さて,ここまでは,コケに興味がある人なら誰でもやっているだろう.しかし,それだけでは,いつまでたっても,コケを分かるようにはならない.それは遠くの山の林を見て,どんな種類の樹木かを言い当てるのと変わらない.その樹木の正確な種名を分かるためには,林に近づいて,またその樹木の下までいって,樹皮の様子や枝のはり方,葉や花の形態がどうなっているかを見る必要がある.コケも同じだ.

 

3.手に取って

 

 大型のコケなら茎の1本を引き抜いて,また,小さなコケなら一つまみ程を,手に取ってみると,その種の別の特徴が見えてくる.茎の伸び方や枝の有無・出方,葉のつき方やだいたいの葉形などの大体のところがわかる.葉や抱葉に隠れている胞子体に気づくこともある.胞子体を付けている茎を引き抜いてみることも大切だ.それまでに思っていたものとは別種の胞子体であることがしばしばある.

 

 

 

4.ルーペで

 

ルーペ(1020倍)の使い方に慣れると,たいていの種類で,葉の形がよりはっきりとわかる.また,種によっては,葉の尖り方や葉縁の歯の有無,中肋の有無などの微細な形態もわかる.私たちが樹木の葉を見て,全体の形や鋸歯,葉脈の状態を知るのに近いレベルのことがルーペを使うことによってできる.

 

近くに,同じ種類かな?と思える群落があれば,葉の形を見比べるとよい.同じ種類かどうかは,ルーペで葉をみれば大体見当がつく.

 

5.実体顕微鏡で

 

 コケを持ち帰ると,まずは実体顕微鏡(740倍)で観察する.実体顕微鏡は視野が広く,また,見える深度も大きいのでルーペではわかりにくかった形状がはっきりと見える.710倍ほどで採集した一固まりを見るのは,まるで,「コケの森」を眺めるような醍醐味がある.その森を成している一つ一つが手に取るように見ることができる.機種の性能にもよるが,倍率を2030倍ほどにあげると,ルーペではよくわからない形状もはっきりと見ることができる. 

 

6.顕微鏡で

 

コケの正確な種名を知りたい人は,種名同定のポイントとなる特徴を顕微鏡で観察する必要がある.コケの「種(しゅ)」は,基本的に,生物顕微鏡(×400)で観察できる細胞レベルにおける形態の違いで区別されている.その違いが確認・区別できれば誰でもがコケの正確な名前を知ることができる.

 

コケをわかるようになりたいのであれば,フィールドでの記憶(どんな場所でどのように生育していたのか,どのように見えたか)が鮮明なうちに,顕微鏡を使って正確な種名を確認することをお勧めする.そのようにすれば,フィールドで得たその種に関する体験の一つずつが,貴重な情報として自分の中に蓄積されることになるからである.

 

最後に

コケの種類がわかるようになれば,野外でどんなに楽しいか,より多くの方に知って欲しい.ぜひ,多くの方にコケをわかるようになっていただきたい.

 

                  (岡山コケの会ニュース No. 22号,2006年,に掲載)