上関原子力発電所に関する生態学会の動き

 日本生態学会は上関原子力発電所に関連する要望書を総会において決議した。小生は中国四国地区の自然保護専門委員としてこれに係わったので、決議にいたる経緯の概略と若干の私見を述べておきたい。

1.上関原子力発電所の概略
 建設予定地は山口県熊毛郡上関町長島であり、137.3万kWを2基建設する計画である。この地域は瀬戸内海の西端に近く、関門海峡から通じる周防灘、と伊予灘の境界地域であり、南に向かえば九州・四国間の豊後水道につながる地域である。

2.アセスメント提出前後の環境
 原子力発電に関しては賛否両論がある。電源立地、特に原子力発電所に関しては、特にJCO事故以来、強い逆風環境の中にある。上関原発は初の内海に位置する発電所である。外海におけるものより、温排水や事故の際には、より大きな影響が考えられ、より慎重なアセスメントが求められよう。
 このような中、1999年4月、上関原子力発電所に係わる環境アセスメント調書が提出された。アセス法施行直前の「かけこみアセス」である。新アセスでは生態系に関する調査項目や人と豊かな自然の係わりに関する調査、さらにはスコーピング等々、様々な新たな項目に関する調査を実施する必要がある。このために、アセス法が施行される6月をめぐって、アセス途上の開発事業は様々な対応の動きがあった。
 旧閣議アセスのままかけこんだアセスもあったが、大規模な開発事業、特に何らかの問題点を抱えていた事業は駆け込むことを断念し、新アセスでの事業申請を目指した。たとえば愛知万博は新アセスを完全に前倒し実施した。愛知万博のアセスメントには数々の問題点が指摘されてはいるものの、この前倒し完全実施に関しては、大きく評価されるべき姿勢である。駆け込む事自体は法律違反ではないが、十分な科学的な調査とともに合意形成が行われていることが前提となろう。上関原子力発電所に関しては、問題点が指摘されている中、駆け込み申請が行われた。

3.環境アセスメントは適切に行われているか
 提出された調書は山口県の技術審査会において審査された。審査の結果、現在の調査は不充分であり、追加調査が必要であるとのものであった。小生は調書をざっと眺めただけであり、海域のことであるので内容が十分理解できているわけではない。しかしながら、現在提示されている問題点のいくつかに関しては、素人でも判断できるものであり、首を傾げざるを得ない。
 スナメリやナメクジウオに関する調査と記述・評価がない事はなぜなのであろうか? スナメリは最小のイルカ類であり、水産庁は「希少種」に指定しており、広島県の竹原沖では回遊水面が国の天然記念物に指定されている。またナメクジウオはより絶滅の可能性が高い「危急種」に指定されている。ナメクジウオは広島県三原市沖の砂州に多く生息していたことから昭和三年に国指定の天然記念物に指定されたが、その後の砂利採取によって激減し、近年では当該地に隣接する広島湾南部で細々と生息していることが確認されている。
 このような地域に生息している可能性がある注目種に関しては、あらかじめリストアップし、それに対して調査目標を設定することが普通である。今回のアセスメントに関してはこれらには触れられておらず、明らかな恣意性を感じざるを得ない。
 建設予定地では、貝類の専門家によって多数の貴重種・新種が発見されている。多くの種は小さな貝のようで、調査方法や同定にいたるノウハウの蓄積も困難であったものと思われ、一方的にアセスメントの調査が不足していたと断定できるものではないのかもしれない。

4.追加調査は適切か?
 県知事の意見、環境庁の意見のみならず、通産省の調書に対する意見も生物調査の追加調査を求めるものであった。通産省の意見書に具体的な生物調査の不足が多くの行を割いて記載されたことは珍しいのではなかろうか。
 このような状況のもと、追加調査が実施されつつあるが、その実施方法は従来のものと同一とされている。アセス法施行以降に実施される追加調査は、少なくとも新アセスの意を汲む必要があろう。当該地では多数の貝類など、注目すべき種の生息が報告されている。このような注目種の多産に関しては、関門海峡に向かう西へ流れ、豊後水道を通じての南からの道が瀬戸内海と接する、外洋の影響を受ける内海という特殊な立地が大きな要因であるとする意見がある。従来手法による調査ではこれら注目種の把握と評価は困難であり、生態系的な切り口が必要となろう。不備の回復には、通常に倍する努力が必要である。 

5.生態学会の対応
 学会は、当初から本件に深く関わってきたわけではなく、地元関係者と専門家の取り組みが主体であった。学会としての取り組みは、駆け込みアセスとその調書の内容がきっかけとなっているように思われる。本年の生態学会自然保護専門委員会では、様々な情報収集のもと、活発な議論が行われ、十分な調査が行われるべきであるとする、下記の要望書が検討され、総会において議決されることとなった。この件に関しては、アフター委員会が結成され、継続的に事態の進展を見守ることとなった。その後、中国四国地区生態学会においてこの件は報告され、地区会としてもバックアップの体制が整いつつある。



上関原子力発電所建設予定地の自然の保全に関する要望書

 中国電力(株)は、2011年の1号機運転開始をめざして山口県熊毛郡上関町大字長島に原子力発電所(出力137.3万kWの改良沸騰水型原子炉2機)の建設を計画している。 しかし、建設予定地とその周辺には、以下のような希少生物の生育が確認されている。(1)近年瀬戸内海では激減しているスナメリ。(2)希少なハヤブサ、オオタカ(いずれも絶滅危惧種II類)などの猛禽類。(3)貝類の系統進化を解明する鍵として国際的に注目されつつも、従来きわめて稀にしか報告がなかったカクメイ科のヤシマイシンとその近似種。(4)世界でも建設予定地でのみ発見されているワカウラツボ科のナガシマツボ。(5)絶滅寸前とされる腕足動物のカサシャミセン。このような希少生物が集中して生育しているのは、立地予定地の海域が大規模な開発を免れ、例外的によく保全されてきたからである。日本の渚がいたる所で壊滅的な危機に瀕している今日、立地予定地の環境はかけがえのない価値を有している。このような海域の開発・改変にあたっては、きわめて慎重で周到な環境影響評価が必要なことは論をまたないが、中国電力が1999年4月に提出した「上関原子力発電所(1,2号機)環境影響調査書」は、大型事業でありながら、1999年6月施行のアセス法に対応したものではなかった。そのため「生物の多様性の確保および自然環境の体系的保全」という新法の観点にたつ追加調査が必須であるとする山口県知事意見、環境庁長官意見、通産大臣勧告が出されている。これらを受けて、中国電力は、2000年1月から10月をめどとして追加調査を実施中である。しかしながらその調査方法は「>これまでに実施した調査法と同一」とされており、上記の希少生物の保全に役立つ追加調査にはならないことが強く危惧される。また、予定地は半閉鎖海域に計画されている日本でも初めての原子力発電所であるため、毎秒190トン排出される温排水が希少生物の生育に対して与える影響に関する正確な予測評価が必要である。 日本生態学会は、本予定地の生態系の重要性の認識の上に立って、中国電力による追加調査の方法を以下の点について緊急に見直して、新しい時代の要請に答えるものとすることを強く要望する。(1)現在行われている追加調査を見直し、希少種の分布や個体数を正確に把握できる方法を採用し、絶滅リスクを予測評価できる内容とすること。(2)生態系への影響評価を実施すること。とりわけ温排水が与える影響について正確な評価を行うこと。(3)建設予定地に生息する希少貝類は、特殊かつ微小な生息地に適応しているため、調査によって生育環境が悪化しないように注意すること。
以上決議する

2000年3月25日         
第47回日本生態学会大会総会


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