周防灘・上関原子力発電所建設予定地周辺であらたに発見された希少生物について

福田 宏(岡山大・農)                     
佐藤正典(鹿児島大・理;アフターケア委員会)      
鈴木和雄(山口県立大・生活科学;アフターケア委員会)
安渓遊地(山口県立大・国際文化)             
 
 山口県瀬戸内海周防灘は,陸上域での大規模な開発が進んでいないこと等から,きわめて高い生物多様性を有する海域である(和田ほか、1996)。近年瀬戸内海では激減しているスナメリ,貝類の系統進化を解明する鍵として国際的に注目されつつも,従来きわめて稀にしか報告がなかったカクメイ科のヤシマイシンとその近似種,ワカウラツボ科の新種・ナガシマツボ,絶滅寸前とされる腕足動物のカサシャミセンなどの生息する上関町・長島とその周辺の海域はまさに奇跡の海と呼ぶにふさわしい。また,陸上部にも絶滅危惧種であるハヤブサやさらに分類学的検討が必要とされるカミノセキオトメマイマイなど,希少な生物が生息している。2000年2月に海外から軟体動物学の世界的権威であるW.F.ポンダー、R.ビーラー、P.M.ミッケルセン、R.H.キャウイの4博士が訪れ,希少な生物の宝庫としての周防灘・長島周辺の海域に匹敵する場所は,世界でも稀であり,世界的な研究の成果が期待されると保証している。
 しかるに,この周防灘においてもこのところ埋立てや水質汚濁などの進行で,豊かな環境が急速に失われつつあることも事実であり,2011年の運転開始をめざして現在計画されている中国電力の上関原子力発電所建設計画の与える影響が強く危惧されるところである。しかし,中国電力の実施した環境アセスメントが,上記のいずれの生物についても,存在そのものを見落とすか,記載してもその絶滅リスクを評価しないなど,きわめて不十分なものであった。このため、中国電力は、山口県知事意見、環境庁長官意見、通産大臣勧告にそって2000年10月までの追加調査を実施することを余儀なくされている。日本生態学会は,2000年3月25日の第47回総会で,「上関原子力発電所建設予定地の自然の保全に関する要望書」を決議し,中国電力,山口県庁でこれを手渡し,通産大臣,環境庁長官にも送付したところである。
 日本生態学会では,上記の要望書が社会的な影響力を発揮することをめざして5人のメンバーからなるアフターケア委員会を組織した。また、2000年6月には、中国四国地区会は約15名の研究者に委嘱して推進や反対の立場にたたない,独立した科学的調査をおこなうことにしたところである。地区会の委嘱による独自調査およびそれに先立つ予備的な調査によって,3月の要望書には盛り込まれていない希少な生物がいくつか発見されている。それを以下に報告しておきたい。なお,同様の現地調査は今後も行われる予定であるので、多くの方の参加を歓迎したい(参加希望の方は,suzuki@ws1.yamaguchi-pu.ac.jpにお問い合わせていただきたい)。

ナメクジウオ
 ナメクジウオ類は,無脊椎動物の中では脊椎動物に最も近縁な動物群(脊索動物門頭索動物亜門)に分類されている。ナメクジウオ Branchiostoma belcheriは,インド洋および西太平洋の暖水域浅海に広く分布する種とされているが,日本では,主として関東地方から九州中部にかけての沿岸海域(潮間帯から水深約50mまでの砂質浅海底)に分布している(西川,1998)。最大体長は約6cmである。
 日本のナメクジウオは,海砂採取などによる環境破壊によって激減し,絶滅のおそれのある種に指定されている((和田ほか,1996)では「稀少または危険」,水産庁レッドデータブック(日本水産資源保護協会,1998)では「危急」)。現在日本に残された健在産地は,有明海の一部などごく限られた海域(潮下帯)のみである(逸見ほか,印刷中)。瀬戸内海も,かつては本種の主要産地であったと思われ,広島県三原市有龍島がナメクジウオ生息地として国の天然記念物に指定されているが,そこの個体群は今はほぼ壊滅の状態である。このような状況を考えると,今回,2000年5月6日の調査で瀬戸内海西部の周防灘の長島と祝島の間の海域でナメクジウオの健在産地が確認されたことは大変貴重であり,その保全はきわめて重要である。

オミナエシフサゴカイ
 オミナエシフサゴカイAmphitrite (Neoamphitrite) vigintipes は,体長10cm以上にも達する大型の多毛類であり,転石の下に泥質の棲管をつくってその中に住んでいる。これまでに明確な記録のある産地は,女川湾,松島湾,三崎,江ノ島,鹿児島(模式産地)であり,稲葉(1988)や平岡(1994)による瀬戸内海での多毛類相の記録には含まれていない。今回,私たちの調査(1999年8月23日)によって,本種が周防灘(上関町・長島の原発建設予定地内)で生息していることが確認された。これは瀬戸内海での初記録である。本種をはじめとする大型の多毛類は,近年各地で激減していると思われるので,周防灘の生息域の保全は重要である。しかも,今回周防灘から採集された標本は,オミナエシフサゴカイの原記載と若干異なった特徴をもっており,それとは異なる未記載種(新種)である可能性もある。

アマクサウミコチョウ
 ウミコチョウ科 Gastropteridae は,体内に退化的な殻を持つ原始的なウミウシ類(軟体動物門:腹足綱:後鰓上目)の一群である。この科に属すどの種も,体の両側面の側足が翼状に発達する。アマクサウミコチョウ Gastropteron bicornutum は,今回得られた2個体では体長約5-10mmで,黒地に白色の斑点を散在した側足が著しく発達し,生時はこれをまさに翼のように盛んにはためかせて,海水中を遊泳するのが観察された(福田他,準備中)。今回は祝島沖の潮下帯の砂泥中から,ナメクジウオなどとともに見いだされた。産出例の少ない希少種で,これまでには紀伊半島,新潟県,佐渡島,能登半島,九州天草など数箇所から報告されているのみ(肥後・後藤,1993)であり,瀬戸内海全域を見渡しても記録例はない(稲葉,1982)。従来の産出地はすべて暖流の影響のある外洋に面した海岸であり,瀬戸内海のような内湾での出現は特筆に値する。祝島沖の個体群は,豊後水道経由で祝島周辺まで北上してきた黒潮支流の影響によってもたらされたものである可能性が高い。さらに,熊本県では減少傾向にあることが同県レッドデータブック(熊本県希少野生動植物検討委員会,1998)によって指摘されており,本種の棲息しうる自然環境を改変しないよう注意する必要がある。

引用文献



日本生態学会中国四国地区会「地区会報」(2000) No.58pp.8-9. から引用

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