クモの想い出

蜘蛛男
小学校の頃、クモが巣造りするのをじっと眺めているた思い出がある。
近所に網を張っているクモを捕まえてきては庭に放す。
「あいつはここに網を張ったのか」などと毎日眺めていた。
捕まえてきていたのは主にオニグモとコガネグモであった。
オニグモはよく庭を脱出した。
居なくなると近所を探し回り、網の真ん中に出ている時を見計らって竿で落として連れ戻す。

クモを飼っているというと、一様にいやな顔をされる。
当たり前であるという言い方もできるが、愛らしいハエトリグモやジョロウグモの艶やかさをみるにつけ、そのような批判・非難の根拠がよくわからない。

中学校の生物部
中学校の生物部顧問は中井先生という頭のはげた先生であった。
先般ちょっとした集まりがあり、久々にご尊顔を拝する機会があったが、昔と変わらぬ御風貌。
若はげであって、当時は若かったのだということを最近になって認識した次第。
中井先生は動物が御専門であった。
点描されたすばらしいスケッチを見せていただき、それ以降、何度も昆虫のスケッチにアタックしてみたものである。
今でも、結構精密なスケッチが残っている。

生物部時代はクモを飼っていた。
校庭や近隣の山にはクモがたくさんおり、採集することは困難ではなかった。
オニグモ、コガネグモ、クサグモ、ゴミグモ、ジョロウグモ、ジグモ、ハエトリグモ、ハナグモなどはごく普通であり、アオオニグモやオウギグモも少し探せば見ることができた。
最近はクモの個体数はもどってきたものの、種類が少なくなってしまったように思う。
小生の関心が薄らいだためであれば良いのだが。

オウギグモ
オウギグモは3本の草の間に3角形の網を張るクモである。
三角形の網の一端にクモが控えている。クモは後ろ足で糸をたぐり、網をぴんと張っている。
虫がかかると後ろ足のたぐっていた糸を放すと網はだらんと垂れ下がってしまう。
網がぴんと張っているよりもだらりとしている方が虫は逃げにくい。
小さなクモの知恵である。
もともと小さくて目立たないクモであるが、久しくお目にかかっていない。

クサグモ
クサグモは生け垣などにもっとも普通に見られたクモであった。
皿状の棚網を造り、その上部に向かって不規則に網が張ってある。
網の一部にはトンネルがあり、その奥で獲物がかかるのを待ちかまえている。
生け垣などに白くなるほどの蜘蛛の巣が張られている場合、クサグモの巣である可能性が高い。

クサグモは簡単に飼うことができる。
教材として適しているのではなかろうか。
大きめの三角フラスコの中に支えとなる草の茎を数本入れておき、クサグモを中に入れて軽く綿栓をしておく。
フラスコの壁に沿ってトンネルを造ることが多いので、クモが待ちかまえている様子をじっくりと観察することができる。
フラスコの中にハエなどを入れると、ハエはまず上方に伸びた不規則に張られた縦糸に引っかかる。
この時点でクサグモはビクッと身構え、やがてハエが棚網に落ちてくると素早く獲物に飛びかかる。
長期間飼育していると網を作り替える。
三角フラスコでは、上方になるほど断面が小さくなっているので、次第に窮屈になってしまうので、新居に移してやる必要がある。

ジョロウグモ
ジョロウグモは艶やかな色彩である。
黒・黄・銀・紫の配色は「お女郎さん」をイメージするに十分である。
身近に棲息している造網性のクモとしては、最大級であり、電線の間などによく網を張っている。
このような大型の網を張るクモを観察するのに、1m角ほどの立方体の箱を作った。
側面は網戸の網を利用した。
風がないので網を張るには苦労させてしまったが、どうにか網を観察することができる。
最初、1枚の網を張り、その後その網を取り払わずに新しい網を張る。
何枚も数cm間隔で網が張られることになる。
このような重ね合わされた網は、カナブンなどが高速で飛び込んできても破れないであろう。
鳥やハチなどの攻撃からも身を守ることができると思う。
ジョロウグモを飼育していて、彼女の糸は金色であることに気づいた。
さすがジョロウグモであり、糸の色まできらびやかであった。
紙箱の中に数日ジョロウグモを閉じこめておくと、箱の内側が金色になる。

ジョロウグモの雄は雌の作った大きな網の一部に小さな網を掛け、申し訳なさそうに寄り添っている。
雌の体長が3cmほどであるのに比べ、雄は1cmもない。
秋になると1匹の雌の網に雄が数匹集まっている。
卵を保有する雌と精子を提供る雄の子孫繁栄に関する力関係がしのばれる。

教育実習の際、「節足動物の観察」というお題をいただいた。
考えた末、ジョロウグモを観察することにした。
担当の先生は個体数を集めにくいとの理由から反対であったが、押し切ってしまった。
ジョロウグモを試験管の中に閉じこめ、綿栓をして各自に配布し、観察させた。
最初は気味悪がっていたが、次第に美しい配色に興味を持たせることができた。
体が頭胸部と腹部からできていること、足は頭胸部から出ていること、単眼が8つあること、模様が紡錘突起に集まっていること、などをじっくりと観察させることができ、成功裏に授業を終えることができた。
ちなみに試験管入りのジョロウグモはすべての学級を巡回することになった。

アシダカグモ
アシダカグモは徘徊性のクモとしては日本最大の種である。
昔は家の中を走り回り、障子の上をバサバサと音をたてて走ってびっくりさせたものである。
森にはよく似たコアシダカグモがいる。
クモを扱うのは慣れていたが、こいつだけは簡単には捕まらない。
簡単に箪笥の裏などに逃げ込んでしまう。
みてくれは良くないが、ゴキブリを食べてくれる。

かなりたくさんの種類のクモを飼育したが、アシダカグモだけは飼育できなかった。
何度も試みてアシダカグモを捕獲してきた。
上に述べた大型の飼育箱に入れ、毎日ゴキブリを餌にいれた(ゴキブリを捕まえるのも大変であるが)。
ところが、まったく食べる様子がない。
次第に腹部がしぼんでやせ細ってしまった。
「こいつは捕らわれの身では食べないのか!」・・・あっぱれな態度に感服し、逃がすことにした。