T.イトクズモ発見の経緯と現在までの経過
1.イトクズモとは
イトクズモ(ミカズキイトモ)Zannichellia palustris L. イトクズモ科 イトクズモ属 の水草であり、世界中に分布する。繊細な沈水植物であり、地中をはう地下茎から水中茎をだし、マット状に広がった群落を形成する。葉の長さは2.5〜7cm、幅0.3〜0.8cmで細い。
日本では海岸沿いの湖沼、塩湿地や干拓地の水域などに生育するとされているが、近年、沿岸域の埋め立てや水質汚濁の進行に伴って、稀な水草となっている。レッドデータでは、絶滅危急種として指定されている。
イトクズモ Zannichellia palustris L.
2.現在までの経緯
岡山県の南部、干拓地に位置する岡南飛行場(旧岡山空港)は、小型飛行機の利用を中心とするエアロパークとして改修・利用する計画が進行中である。これに先立った環境調査において、絶滅危急種であるイトクズモの生育が確認された。本種は塩水と淡水が混ざる汽水域に生育する繊細な水草である。
生育確認地点は空港に隣接する水路であった。この飛行場は児島湾を締め切った淡水湖である児島湖とやはり淡水の阿部池に挟まれており、汽水環境に生育するとされるイトクズモの生育確認は、思いも寄らない出来事であった。
(1)生育状況の把握
空港の東側は干拓による水田地帯となっており、これへの農業用水路にイトクズモの生育が確認されたわけである。この用水路は灌漑期には大きく水位が上昇し、非灌漑期には通水が停止されて水深20cm前後となり、降雨時には一時的に水位が上昇するが配水施設により速やかに水位は低下するよう管理がなされていた。イトクズモの生育は、この非灌漑期における低水位時に発生・繁茂し、高水位時期には切れ藻となって浮遊し、やがて枯死する状態が観察された。非灌漑期の低水位時には、水田の深層の暗渠排水口などから塩分を含んだ水が浸出しており、これらの水が汽水条件を作り出していることがわかった。
- 非灌漑期には水位が低下し、下層から塩分を含んだ水が浸出するために、汽水環境が形成される。
- イトクズモは非灌漑期の低水位期に生育し、秋から芽生え始めるが、本格的な繁茂は水温が上昇した春以降。
- 生育には強い日照が必要であり、透明度の低い水が流れている灌漑期では切れ藻となって浮遊する。
浮遊し始めた当初は開花などが観察されるが、やがて枯死する。
- 水路に生育するヒシ・エビモ・マコモ・ヨシなどの生育を阻害できるほどの汽水状態ではない。
- イトクズモの生育を阻害する植物の生育量が少ないのは、農作業に伴う水路管理による。
このように、当地のイトクズモの生育は、この地域の農業と密接に関連していた。
(2)生育地と開発の関係
イトクズモの主たる生育地である空港脇を流れる用水路は、空港東側に広がる水田地帯に農業用水を供給するものである。これらの水田地帯は、空港再開発計画の対象地となっており、既に用地買収なども進行している段階であった。これらの状況を勘案すると、現状の生育地をそのまま保存しても、水田耕作が行われなくなるために水位変動の周年変化や除草管理など、用水路の環境は大きく変わることが明らかとなった。
(3)懇談会の設立
イトクズモの保護保全対策を検討するために「岡南飛行場イトクズモ検討懇談会」が設立された。懇談会のメンバーは下記の通りである。
- 榎本 啓(岡山大学資源生物科学研究所)
- 角野康郎(神戸大学理学部生物学教室)
- 國井秀伸(島根大学汽水域研究センター)
- 波田善夫(岡山理科大学生物地球システム学科;座長)
- 岡山県:都市空港整備室、環境調整課、自然保護課
- (株)ウエスコ
検討懇談会は平成7年5月に初会合を持ち、以後イトクズモの生態調査・保護保全対策立案等にたずさわってきた。なお、県としてはこのような委員会組織による保護保全対策の検討・立案は初めての事例である。
左:検討懇談会の調査風景
右:イトクズモの生育状況と生育を開始したヒシ(1994.05.19)
(4)検討懇談会の審議結果
懇談会では、イトクズモの生態が不明であり、基礎的な生態調査の実施が対策の立案には是非とも必要であることが決定され、ウエスコおよび理大4回生(当時)畠山健志君などが中心となって、現地調査を実施すると共に発芽試験等を実施した。