藤ヶ鳴湿原
湿原の中部、ここでは両岸から樹林が迫っており、日照量が少なくても生育ができるカサスゲ、オニスゲ、チゴザサなどの生育が見られる。 | |
湿原の中央部には、山林火災の経験から防火用の貯水池が作られた。この池にはフトヒルムシロとヒツジグサが生育している。近年はヒツジグサよりもフトヒルムシロが優勢。
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防火用水の池の下流側では鉄の沈殿が顕著な場所がある。「底なし沼」と呼ばれており、底の表面は酸化状態で赤褐色であるが、それより下層は灰青色であり還元状態の泥が厚く堆積している。このような鉄分の集積は鉄分を含んだ湧水の存在を伺わせる。この地域の基盤岩は花崗岩である。花崗岩そのものは数%の鉄分を含んでおり、湧出してくる水には多少なりとも鉄分が含まれている。地層中にしみ込んだ水の酸素は速やかに様々な物質の酸化によって消費されるので、酸素を含まない還元的な環境となっている。 還元状態の鉄は灰青色を帯びており、酸化鉄に比べて溶解度が高い。このような水がわき出てくると、空気中の酸素がとけ込んで還元鉄は酸化され、赤褐色の沈殿を生じることになる。この一連の過程は物質の酸化であるから、エネルギーを発生する。鉄バクテリアはこのエネルギーを利用して繁殖する化学合成細菌であり、還元鉄を含む水が緩やかに流れる場所に生育している。この場所のような、酸化鉄の沈殿が集積している場所では、湧水があると考えて良い。 中央の島の上で開花しているのはサワギキョウ。 |
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表面に浮かんだ酸化鉄の膜。この膜は水に溶存している還元鉄が空気中の酸素によって酸化され、難溶性の第二酸化鉄になったものである。油の膜に見えるので、よく自然破壊と誤解されてしまう。水の流れがほとんどない場所で、形成されやすい。 |
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湿原全体は安定傾向が高い中、一部には側方からの流入谷から供給される土砂があって、遷移の初期段階の植生が発達している地域がある。このような場所では、モウセンゴケ、ミミカキグサ、ホザキノミミカキグサなどの食虫植物やサギソウ、トキソウ、カキラン、コバノトンボソウなどのラン科植物の生育も観察することができる。 | |
上の場所付近の近接写真。中央にハッチョウトンボの雄が写っているはずであったが、ピンぼけであった。モウセンゴケやサギソウなどが生育している。この写真のような植生がまばらであり、表水がある場所には湿原特有のトンボであるハッチョウトンボが棲息する。雄はなわばりを形成して雌の来訪をまっている。このようなハッチョウトンボの生息環境は、安定した湿原では遷移にともなって次第に狭くなる。時々降雨に伴って土砂が流入したり、イノシシが泥浴びしてくれなければ、このような植生はなくなってしまう。時には湿原植生の破壊が必要である。つまり、遷移を後戻りさせるわけである。 なお、この写真には斑入りのサギソウが写っている。サギソウの咲く湿原存続が望まれているのだが、外から持ち込んだ球根を植え込むのではなく、現地の系統を大切にしたい。 |
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湿原の下部には廃電柱を利用した木道が設置されている。細くて不安定であるが、植物のためにはこの程度で良い。幅の広い木道は陰となる木道直下で湿原植物が生育しにくく、侵食が始まって溝となり安い。一端溝ができると排水が促進されて地下水位が低下し、森林化が進行してしまいやすい。 | |
湿原の最下部には石積みの堰堤があった。この堰堤が抜けてしまい、土砂の流出が始まった。侵食谷は深さ2m近くにもなり、大量の土砂が流れ出てしまった。土壌の断面を見ると、ほぼ均質な砂質土壌であり、急速に堆積したものであることがわかった。おそらく、山林火災直後に土壌が流れ込んだものであろう。地表面はよく発達した湿原植生なのであるが、歴史的にはあまり長いものではないと思われる。 | |
土壌の侵食はかなり迅速であり、このまま放置しておくと良好に発達した湿原の下部は10年も待たずに消失してしまう可能性が懸念された。侵食を防ぐためにマツ丸太を打ち込んで吸い出し防止マットを設置したりしたが(1つ前の池の写真左上にその時の名残が写っている)、水路がマットの下をくぐってしまい、全く効果がなかった。その後根本的な解決ために上の写真のような堰堤が構築された。できてしまうと、まるっきり砂防堰堤であり、無粋きわまりない。動物の移動も遮断されており、問題である。堰堤の設計図を見ておれば・・・・・と悔やんだがもう後の祭りであった。 しかしながら、この堰堤によって土砂の流出は完全に押さえることができ、安定した水位の池が形成され、ヒメタヌキモの生育が確認されるなど、良好な状態となった。 |