「樹木種子による緑化の試み」
−痩悪法面における播種後1年間の結果を中心に− 1.はじめに 大規模開発によって発生する長大法面に関しては、周辺環境にマッチした、自然性の高い森林へ復帰させることが強く望まれる社会情勢となってきた。 樹林化の方法としては、通常ポット苗による植栽が行われる。ポット苗による緑化は草本種子吹き付けを施工し、表土流出を防止した後に施工が可能であり、施工に時期を選ばないなど、利点が大きい。しかしながら、次の問題点が指摘されている。
このような自然性の高い森林植生への回復は、恐らく数年以上の保守・管理が必要であろう。当面、小規模な工事においてはこのような数年にわたる管理実現は困難な側面が多い。しかしながら、ダム建設などのような大規模工事では、完成までに長期間の年月を要する。したがって、種別に播種適期を考慮した播種や除草などの管理が可能であり、発生する法面の大きさもあって、検討が必要な施工方法と考えられる。 このような観点から、高速道路建設に伴って発生した長大法面において、樹木種子の播種による樹林化実験を行った。今回の報告は、一年目の調査結果をまとめたものであり、これに2年目の観察結果を加え、話したい。 2.実験地 |
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3.結果と考察 (1)実験区@(無施肥、非土壌改良条件)の結果 (表1) アベマキ、コナラなどの大型種子は20cm間隔で土壌中に埋め込んだが、ヌルデ、アキニレなどは種子数を算定した後、土壌と混合し、均等に散布した。したがってこれらの小型種子の一部は降雨により移動・流亡し、あるいは動物により摂食された可能性がある。 概要としては、種子重の大きい種の発芽率・生残率は高く、種子重の小さい種の生残率は低かった。二年度の観察結果では、栄養分の不足による葉の黄化が顕著であり、成長の停滞が観察された。特徴的な次のグループについて、概要を記す。 アベマキ、コナラなどの落葉カシ類の発芽は概ね良好であり、春の時点で発芽するが、常緑のアラカシはややや遅れ、シリブカガシの発芽は盛夏となった。概ね発芽は斜面上部から始まり、法尻の発芽はやや遅れる結果となった。これは植栽地の斜面上部には夏緑性のウイーピングが生育しているのに反し、法尻には常緑性のケンタッキーが優占しており、地温が上昇しにくかったためと考えられる。 シリブカガシの発芽特性は特異であり、7月後半から11月にわたって発芽した。本種は中国地方では少ないカシであるが、このような発芽特性と生育の少なさ及び生育立地の狭さが関係しているものと思われた。 ●アベマキ アベマキは早春から発芽し、発芽率も高い。発芽以降はほとんど枯死せず、生残率も非常に高い。種子重が大きく、冬季から発根して十分な根量を発達させているためと考えられる。 法尻ではオニウシノケグサなどの草本の繁茂が著しく、その度合いに応じてA,B,Cの3段階に分けて表示した。以下同様。 ●コナラ コナラの発芽はアベマキにやや遅れ、発芽率もやや劣った。全体的には生残率も高く、特に法の上部で生残率が高い傾向が伺われたが、これは草本との競合の結果と思われる。 ●アラカシ アラカシは発芽が遅れ、7月頃まで持続的な発芽が認められた。アラカシの種子は休眠し、春になって発根・発芽する事が知られており、このことが落葉のカシ類に比べて発芽が遅れる原因と考えられる。特に斜面下部での発芽が遅れるが、斜面下部では草本が繁茂しており、地温が上昇しにくかったものと考えられる。生残率に関しては、法頭と法尻で低く、乾燥に関しては耐性がやや低く、草本との競合にもやや弱かった事になる。 b.伐採跡地を特徴付ける種 アカメガシワ、ヌルデなどの種は種子寿命が長く、森林土壌中に埋蔵されて森林の攪乱時にいち早く発芽・成長する種である。これらの種は休眠性があり、夏季の高温を待って発芽した。いずれも斜面上部において発芽率が高かった。乾燥を主因とする枯損も多いが、持続的な発芽があり、次年度も多数の発芽がみられた。これらの種は伐採跡地などの比較的肥沃な立地において生育する種であり、無施肥・非土壌改良条件の下では生育は困難であると考えられた。 ●アカメガシワ アカメガシワの発芽率は約14%にとどまった。発芽率が低い数値にとどまったのは、種子を表面散布したのみであるので、降雨により流亡したり、動物により捕食された可能性、さらには、種子の選別が不十分であった事なども考えられる。次年度にも発芽が見られたことでもわかるように、元来休眠性が高い種であり、発芽しなかった種子も多かったものと考えられた(播種した種子は、室内実験では90%以上の発芽率を示した)。発芽率は地温の上昇しやすい法頭で高かったが、生残率は草本の被度が低い斜面下部Aで高く、草本が優占する法尻(下部C)で低かった。乾燥条件に弱いとともに、草本による被陰にも耐性が低いと考えられる。 ●ヤマハゼ ヤマハゼの発芽はアカメガシワに比べて更に発芽が遅れ、発芽最盛期は盛夏となった。発芽は斜面上部から始まったが、発芽率が高かったのは斜面下部であった。斜面上部の生残率は低く、乾燥に対して抵抗性が低いものと考えられた。本種も次年度に発芽しており、休眠性が高いものと考えられる。 表1.単一種条件における生残率(無施肥条件)
注 1) 発芽率A:初年度の最終生残数(11月)/播種数(%)
2) 発芽率B:生残数/最高確認個個体数(%)(2)実験区A(実践的緑化実験区、3種の生存競争)の結果 この実験区では、アベマキ・コナラ・アラカシの3種を2粒ずつ、合計6粒の坪蒔きした。この実験区では、基盤改良を実施すると草本が繁茂し、除草などの管理が不可欠になってしまうとの観点から、A−a.無施肥地区(無施肥+非土壌改良条件)とA−b.施肥(基盤改良)地区を設定した。
d.アカメガシワ・アキニレの表面散布 アカメガシワ・アキニレは一昼夜水に浸した後、表面散布した。ただ単に散布しただけであるので、降雨により流亡した種子も多かったものと思われる。両種の発芽・定着は思いの外良好であり(とはいっても蒔いた種子数から言えば大したことはない)、踏まずに調査することが困難な状況になっている。
(3)ポット苗と実生の比較
4.終わりに −播種後、2年目の結果も含めて− トンネルのズリを使用した、劣悪な土壌地における無施肥条件は、樹木の生育にとっては極めて劣悪な環境であり、芽生えた個体は当初、種子含んでいた養分を消費すると急速に成長速度が低下し、2年目はほとんど伸長成長しなかった。しかしながら、周辺の草本も被陰できるほどは繁茂することができず、特に管理は必要としない。 継続観察している花崗岩切り土法面では、20年近くもの長い年月を必要としたものの、アベマキ(樹高4m以上)、アキニレ(樹高3m)、ウバメガシ(樹高2m)などにより構成される森林が形成された例もある。これらの林は種子供給源の存在によって大きく異なっており、森林形成の初期段階においての種子供給が必要なことを示している。 基盤無改良・無施肥の条件においては初年度においてはそれなりの定着・生長を示したが、次年度においてはほとんど高さ生長を示さず、多くの個体は葉面積も減るとともに黄緑色となり、肥料不足の兆候が顕著であった。しかしながら、草本も播種木を覆い尽くすほど繁茂できず、長期的には樹木種が定着し、樹林へと遷移するものと推定された。しかしながらこのような手法による森林形成には、通常の工事としては取り扱えないほどの長い年月を必要とすると考えられる。 一方、基盤改良を実施した地域における草本の繁茂は予想通りであった。樹林化は「草との戦い」であると言えよう。基盤改良することにより、成長は良好となり、アベマキは2年目の春に周辺に生育する草本と同じか、上回る樹高にまで成長し、管理不要の状態になった。恐らく来年にはコナラポット苗の樹高を上回るであろう。しかしながら、頻繁な草刈りなどの管理が必要である。これらの適切な時期を得た管理に関しては、地元農家などに委託することが得策であろう。 樹木種子の播種による緑化は、施肥・無施肥に係わらず、少なくとも数年は播種した樹種の生育が目立たない。したがって、播種直後の完成度が評価されるものではなく、例えば5〜10年後の期待される植生像へ向かっての保守・管理のあり方が評価されるものであろう。そのような観点からは、ポット苗の植栽などと併用するなどの方策も検討される必要があるであろう。 この記事は、「植生学会第2回大会(神戸:1997.10.3〜5)」において「樹木種子による法面緑化 −播種1年目の結果について−(波田善夫・安達一雄・難波靖司・大西智佳)」として発表したものを元に、その後の知見を加えて「自然回復緑化研究会第4回研究会(平成9年11月15日、京都楽友会館)」において講演した内容を中心に作成したものです。 自然回復緑化研究会の会議録に関しては、緑化工学会{第4回研究会レポート「播種で自然は回復するか?」}と題してPDFファイルを参照され、引用される場合には、そちらのレポートを引用してください。 これらの調査に参加した方の氏名を列挙しておきます。 波田善夫(岡山理科大学総合情報学部生物地球システム学科)、 安達一雄(岡山理科大学理学部基礎理学科:現在は中外テクノス株式会社)、 安藤実穂子(岡山理科大学理学部基礎理学科:現在は犬猫病院勤務)、 渡辺久美(岡山理科大学理学部基礎理学科:現在は・・・?)、 栗山みどり(岡山理科大学理学部基礎理学科→神戸大学→株式会社ウエスコ)、 東郷恵利子(岡山理科大学理学部基礎理学科)、 竹岡 一 (岡山理科大学理学部基礎理学科)、 難波靖司((財)岡山県環境保全事業団) 大西智佳(潟Eエスコ) 作成年月日:1998/01/26 |