王子ヶ岳の植生



 王子ヶ岳を語る際には、山林火災と巨岩に触れなければならない。白砂青松で有名な渋川海岸の背山である王子ヶ岳は、西に鷲羽山、沖合には本四連絡橋を望み、天候が良ければ四国から屋島を眺めることができ、瀬戸内海国立公園の中でも有数な観光スポットであろう。山頂付近には巨岩が点在している。花崗岩の山である。この地域は山林火災の多発地域であり、計算上、20年に一度、すべての森林が焼失してしまうほどである。山林火災の発生とその跡地の回復過程に関する研究にはもってこいの地域であるが、あまりにもたびたび火災が発生するので、観察途中の森林が焼失してしまったこともある。

 今回の火災は1994年(平成6年)の8月11日に出火し、3日間燃え続け、373ヘクタールが焼失してしまった。夏の山林火災は乾燥地帯と入っても希であり、大きな話題となった。原因はタバコの投げ捨てであるという。愛煙家は愛林家でなくてはならない。

 山林火災の跡地では、焼けてしまった樹木が整理され、階段状に地形を整備して樹木が植栽される。上の写真は新たに階段状に地形を整備したものではなく、昔に地形整備したものが樹木が無くなってよく見える状態になったものである。火災後6年を経過したにもかかわらず、植生の回復は遅々としたものである。



植生回復の状況は、土壌によって大きな違いがある。左側の斜面は植物が回復してみるが、右側の斜面では回復が遅れている。



頻発する山林火災は当地域の植生を大きく変質させている。ある見方からは、一種のファイアーエコシステム(山火事生態系)が形成されていると言えよう。この一面に再生した植生は、ワラビが優占したものである。一面のワラビ草原! である。春の季節には、取りきれないほどのワラビが芽出しするに違いない。一旦このようにワラビが優占してしまうと、樹木の新たな侵入は困難になってしまう。成林は遅れ、再出火の危険性も高い。



 ワラビは太い地下茎を持っており、地中に栄養分を蓄積している。この地下茎からデンプン状の栄養分を取り出し、ワラビ餅を作る。
 山林火災によって、表層に堆積した有機物を含む層は焼失してしまう。その中に含まれていた埋土種子も焼失してしまい、その後の植生回復は、山林火災直後、ワラビは蓄えた地下茎の栄養分から速やかに葉を再生する。森林の再生に伴い、ワラビは次第に減少することになるはずであるが、ワラビが生育できないほどの暗い森林に発達する前に再び森林火災が発生するので、このようなワラビの純群落とも言える状態になったものと考えられる。




 山林火災で見通しが良くなった谷に、湿原が発達していることが確認できた。花崗岩からしみ出す水は貧栄養であることが多く、湿原植生の成立には十分な水質を備えていることが多い。このために谷筋に小規模ではあるが、湿原植生が発達することがある。しかし、この写真程度の面積であれば、周辺の森林が大きくなると湿地に光が十分に当たらなくなり、湿原植生は消失してしまう。この地域の湿原植生を調べてみると、結構湿原としての性格を備えている。つまり、かなりの歴史を持っていることがわかる。かなりの昔から、湿原として存続していたと推定され、森林の伐採や山林火災による森林破壊が継続されきたものであろう。

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