鬼ノ城(きのじょう) -古代山城と地域の植生-

 鬼ノ城は総社市の海抜400m前後の山塊にある遺跡であり、古代の山城として国指定史跡に指定されている。遺跡の一部は発掘され、部分的に復原が行われている。周辺地域には散策道も整備されており、ハイキングも楽しめる。
 全山と言ってもよい状況で、アカマツ林が残存しており、今では少なくなったアカマツ林をふんだんに味わう事ができる。遺跡としての鬼ノ城とともに、その植生について考えてみたい。
 急傾斜の細い車道を登ると平坦な高原状の地域に出る。駐車場から歩いて数分、平野からも見える鬼ノ城の復原櫓がアカマツ林の中に見えてくる。
 実際の戦闘には使われなかったようで、関連する遺物は出ていないとのこと。このような施設は使われないことに越したことはない。
地形は山頂部が高原状となっており、斜面部は急な傾斜地となっている。吉備高原の末端部分である。
 その高原部分の周辺には2.8kmの城壁が作られている。
 この画像は、ビジターセンターのジオラマを撮影したもので、地形が良くわかる。高原を取り巻いているのが城壁である。中央にはいくつかの建物の跡が発掘されている。
 復原された櫓(西門)。上部構造は明らかではないが、大きな柱跡が発掘されており、復原するとこのような状況であった可能性があるとのこと。
 時代はあきらかになっていないが、大和朝廷が朝鮮式山城を造ったとの記録が日本書紀(665〜667)に載っているとのことで、それに該当する可能性が指摘されている。
 門や城壁は花崗岩の基礎石の上に土を積んだもので、木枠の中に薄く土を積んでは突き固め、それを繰り返して壁面を造る。このような工法を「版築」という。大変な作業でもあったはずであるが、土だけで作るためには、土そのものの性質が重要であるはず。
 花崗岩の風化土壌は一般に砂質であり、このような版築には向かないと思うが、この地域の花崗岩は結晶が小さく、「姫真砂土」と呼ばれるタイプであることが、このような工法を可能にしていると考えてよかろう。
 このような土壌の性質と、鬼ノ城に発達しているアカマツ林が関係している。
水門
 高原から流れ出る流路には、水門が造られており、敵兵の侵入を防ぐ構造となっている。石を積み重ねた基礎の上に土が積まれ城壁となっている。
城壁跡
 積み上げられていたであろう版築による土塁の殆どは流れ去ってしまい、現在は基礎として積まれた石の部分だけが残っている。
南門
 4箇所の門が発掘されている。門の下側斜面は急傾斜であり、門であるとは言ってもまともな道があったのであろうかと疑いたくなるような地形に作られている。
 城壁の所々には、石垣で築かれた張り出しがある。防衛拠点として作られたものであろう。
 長い年月を経ても今なお健在な石垣の構築には高度な技術が必要であったと思われる。
石垣の近影
 石の豊富な山ではあるとはいえ、これらの巨石をどのように運搬したのか、どのようにしてこのようにきちんと積み上げることができたのか、当時の技術力の高さには敬服する。
アプライト
 この山塊には、アプライトと呼ばれる石が出てくる。成分的には花崗岩と同じであるが、結晶が小さく、風化したものは陶磁器の原料として採掘されている。
 アプライトは花崗岩に付随して産するもので、この山塊全体に分布しているのではないと思われるが、適度に割れやすい石が城壁の基礎として利用され、また石垣として利用されている。
 その風化土は版築による土塁の建設には欠かせないものであったはずであり、その土の性質が卓越したアカマツ林の残存の基盤であると共に、多くの湿原植生の発達の基盤である。
アカマツ林
 山頂のみならず、この山塊全体がアカマツ林に覆われている。これほどのアカマツ林優占地域は、岡山県南部では珍しくなってしまった。松枯れ病による被害はあったと思われるが、再生もアカマツによって行われたものと思われる。
 一部にヒノキの植林も行われているが、健全な状態でのアカマツ林の残存に関しては、土壌との関係を考えざるを得ない。
ウラジロの群落
 鬼ノ城にはウラジロが目立つ。花崗岩の山塊にはコシダが繁茂することが多いが、鬼ノ城ではウラジロがそこかしこで旺盛に繁茂している。その点では花崗岩地域というよりも流紋岩地域に似ているといえよう。土壌の粒度組成の小ささが流紋岩との類似性であると考えたい。
小規模な湿原植生
 谷にはイヌノハナヒゲなどの生育する小規模な湿地が見られる。今回は訪れなかったが、当時のため池が埋没し、湿原になっているところがあるとのこと。
 このような山頂部分における湿地の発達は、前述のような土壌の粒度の小ささと関係があり、これも流紋岩地域との共通性である。
 山城には水が欠かせない。篭城するには食料のみならず、水の存在が不可欠である。この地域としては、豊かな水を得ることができる立地である。
斜面上部の花崗岩の露頭
 見事な花崗岩の露頭であるが、近接してみると、おやおや・・?
 花崗岩の間には、ウラジロが繁茂している。ウラジロは水を好むシダであり、谷頭などの湧水があるような場所で良く繁茂する。
 鬼ノ城では、花崗岩の巨岩の間から水が出ている場所が多いことを示している。花崗岩地域でありながら、ずいぶんと水に関しては豊かな地域であることがわかる。
 鬼ノ城からは、岡山平野を一望することができる。築城された時代は海岸平野はこれほどは広くなく、海も見えたはずである。

 鬼ノ城をめぐると、山すそにゴルフ場が目立つ。建設当時には、ちゃんとした景観アセスを行ったのか、疑問になってくる。とは言いつつ、認可された当時はまだ鬼ノ城はこれほどの来訪者はなかったであろうが・・・・
シリブカガシ?
 山の上から見ていると、シイの開花のような森が見えた。9月に開花するのは、シリブカガシしかないので、おそらくシリブカガシの群落ではないかと思われる。
 シリブカガシは花崗岩地域の斜面下部から山すそにかけて群落を形成することが多く、その意味ではやはり花崗岩ならでは、ということになるが、花崗岩ならばどこでも出てくるわけではない。
 この地域におけるシリブカガシの多さは、この地域の花崗岩が微粒であることと関係しているのではないか、と新たなテーマが生まれてしまった。

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