緑資源 殿
岡山理科大学 波田善夫
今回の委員会の運営の仕方や流れ、報告書の内容などに関しましては、小生がいつも経験しているものとはかなりの違いがあり、小生としても、手戻りが多いのは事実です。このために、委員会の進行にも障害が発生していると認識されているものと思います。先般の委員会におきまして、次々と要求を出さず、一度に出してほしいとの川野さんのご発言があり、緑資源側としてはもっともなご発言であると、ご心情をお察しするものです。しかしながら、小生の立場としては、ようやく路線決定とそれにともなう詳細設計が出来上がったので、何が問題で、何が評価に必要であるのかがフィックスできる状態になったということだと認識しているので、現状における大きな認識の違いがあるともいえましょう。
調査項目に要求があるのであれば、言って下さいとのことでしたので現時点における意見を述べます。
1.調査項目の設定のあり方
この地域における自然に対する林道整備の影響を評価するためには、どのような項目をどのように調査すればよいかについて、調査前に十分吟味する必要があります。今回の林道整備においては、第一回の委員会が開催された段階において、すでに緑資源としては調査が終了したと考えている状況にあったのだと思います。調査項目と調査の仕方に関しては、緑資源で選択されたものと思いますが、それで十分な調査が実施できているかといえば、そのような評価はできないといわざるを得ません。
本来の環境アセスメントでは、最初の段階でコンサルタントが概要調査を行い、それから得られた重点項目を含む調査内容を提示し、それから導き出された調査項目とその要求される精度などが公開され、意見が求められることになります。その作業がスコーピングであることはご存知のとおりです。
今回の委員会は、法アセスに準拠しているわけではないことについては理解しているつもりです。しかしながら、ほぼ、法アセスに準拠した実質的内容を持っていなければならないと思います。なぜそうであるかについては、次のような論拠をあげます。
細見谷の渓畔林域の自然が、広域に分布しているタイプのものではなく、地形的な特殊性に立脚しているものであり、そのために、そこに成立している生態系も特殊なものである可能性が高いこと。
そのような生態系の実態把握とそれに続く林道整備による影響の評価に関しては、多方面にわたる知識・情報の集約と集積が必要である。しかしながら、委員会の委員数は5名であり、その結果として、必要であるジャンルの専門家が委員会に欠落している事態が発生している。もちろん、どのようなアセスメントの評価委員会においても、すべての必要な調査項目を専門とする研究者を集めて審議することは不可能である。この不足している穴を補充・充填する制度がスコーピングである。今回の委員会においては、公聴会がスコーピングの役割の一部を担っている。通常であれば、スコーピングで提出された調査項目・調査法に関する意見に関しては、採用すべきか否かを検討し、採用しない場合にはその論拠を陳述することになる。今までの委員会の審議経過では、調査項目が妥当であるかについては検討したことがなく、現在、調査項目とその方法を審議している段階であると認識している。
2.具体的な調査項目について
すでに実施されている調査は一般的なものであり、一定のレベルに達していると評価できよう。しかしながら、詳細な路線決定前に実施されており、具体的な評価の段階においては、評価が困難である側面を持っている。また、本委員会の設置の根源である、渓畔林であることに対する調査が不足・欠落している。
2-1.水生昆虫に関する調査
対象となっている渓畔林は底の広い渓谷に発達しているものであり、林道整備が与える影響を調査・評価するためには、水生昆虫などの水生動物群集に対する調査が必要であるのは必然的といえる。
日本生態学会では、総会による決議を行い、アフターケア委員会を設置するなど、この地域の自然に関し、大きな関心を持ってきた。先般、生態学会関係者から、この地域において水生昆虫の調査を実施したとの報告を受けた。その要点は、次のようであった。
・ 非常に水生昆虫相は豊かであり、出現すると予想された水生昆虫はほとんど生息を確認することができた。
・ 多数の絶滅危惧種の生息が確認できた。これら多数の絶滅危惧種が同時に観察できる事例は少なく、特筆すべき状況である。
・ これらの水生昆虫は、林道脇の湿地および更に山側の地域にも生息しており、林道整備の影響が懸念される。
・ 今後とも、継続的な調査・研究を行う予定である。
水生昆虫に関して、非常に豊かな立地であり、林道整備が影響を与える可能性があることを指摘されたわけである。これらの調査結果については、いずれ論文等として発表されるものと思われるが、緑資源による調査では調査項目として設定されておらず、今後指摘されるであろう点に関してまったく対応ができない状況に追い込まれるものと考えざるを得ない。
小生は水生昆虫の調査に関しては不案内であり、具体的な調査方法等に関してはコメントできる能力を持たない。適切な学識者のアドバイスのもと、調査を実施していただきたい。
2-2.道路上水路の生態的評価
現在の林道上には山側からの水があふれ、流れている場所が多い。この流れに関しては、主に自然保護団体から生態的な有意性を指摘されている。ヒキガエルが産卵したり、昆虫が集まるために採餌場として利用されているとの指摘である。90%の区間が舗装される設計となっており、このような指摘が事実であれば、影響を与えると評価せざるを得ないが、現状がどのようであるのかについては、その観点からの調査が行われていないので、評価できる調査資料が存在しない。
本件に関しては、舗装することが事業の成立の一つであると考えられることから、自然への影響があり、その影響を完全に回避できないと評価しなければならない状況になる可能性が高い。このために、ビオトープなどの代償措置の実施を計画しなければならないと予想される。代償措置に関しては、ターゲットとする生物、規模、位置などが検討される必要があるが、現状においては情報がないために、立案ができない状況にある。
このことから、対策を実施する必要があるかどうか、どのような対策が必要であるかを明らかにするために、道路上の水路に関する調査を実施していただきたい。
2-3.ツキノワグマについて
ツキノワグマは絶滅危惧種に指定されており、特に西中国山地の個体群は他の地域から隔離されているところから、特に重視・注目されていると認識している。本来ならば、当該地域の開発計画においては、最重要のターゲットとして取り上げられるべき生物であり、生態系の頂点に立つ生物としても取り上げられるべきものであった。
ツキノワグマの生態・生息状況を解明するためには、移動能力が高いこともあって、おそらく大規模かつ本格的な取り組みが必要なのであろう。この地域における個体数すら正確に把握できていないとのことが、その困難さを示している。しかしながら、この地域の主要課題であるツキノワグマに関し、まったく触れることなく、林道整備による影響評価を行わないことに関しては、共用後に問題を発生させることが予想されるために、問題が残る。
林道整備によるツキノワグマの影響に関し、問題点を抽出する必要がある。今までに述べられた影響に関しては、(1)当該地域における生態系変化によって、ツキノワグマの採餌活動等に影響を与える可能性、および、(2)人間との接触によって行動や食性等が変化してしまい、いわゆる里熊へと変化してしまう点、(3)多くの人が立ち入るようになることによる人間との会合、その結果としての有害動物としての駆除などであると考えられる。
これらへの対処としては、(1)生態系変化による影響については、他の項目からの総合的評価によって対処が可能であろう。(2)および(3)に関しては、林道の利用者数およびその利用形態と大きな関係があり、ツキノワグマの調査が臨まれるものの、本質的には人間の行動予測、利用形態予測が主体であると考えられる。この観点から、ツキノワグマの生息実態に関しては、自然環境センターなどの既往調査結果を収集することとし、主眼を利用予測の解析から影響の度合いを評価することが1つのあり方であると考える。
2-4.植物への影響調査
路線決定がなされ、詳細設計が進行し、現地には工事予定地域の杭打ちが実施された。これによって具体的にどの地点でどのような植物・植物群落が影響を受け、消滅するかが判定できる段階となった。現在までの調査は、正確な路線決定がなされず、地図に関してもラフなものしかない条件下での調査であり、工事によってどの程度の影響があるかは、大まかなものにとどまっている。
一方、自然保護団体は頻繁な調査を実施しており、現在までの調査では、頻繁に調査の不備を指摘される事態が発生すると予想される。路線決定に伴って、詳細調査が必要である。
なお、調査に際しては、工事作業に伴う周辺域への立ち入りが必然的であり、工事範囲に加えて、0.5m〜1mの範囲に関しても詳細な調査を実施することが必要である。工事中における自然保護団体の厳しい眼の存在を予想しなければならない。
2-5.評価に伴う代償措置の現実化
自然への影響が具体的に把握できた段階で、回避の努力がなされたものの、影響の程度が無視できない場合には、次善の策として代償措置が立案・実施されることになる。その規模は、破壊される自然の大きさ・広さに見合うものでなければならない。
現段階においては、影響が数値をともなう具体性をもって把握できていない。このために、代償措置の対象として取り上げられるべき生物の種類および影響を与える程度に立脚した、代償措置の実現目標・規模について具体的な立案が困難な状況にある。これらの代償措置が備えなければならない諸条件を備えた立地の選定も大きな課題であり、地域内にその適地が存在するか、その場所での代償措置が新たな自然破壊とならないか、などの検討もできていない。すなわち、自然への影響が一次的に評価できた段階で、回避措置や代償措置等を立案し、最終的な評価が可能である。
なお、渓畔林の後背地であるスギ植林地の強間伐・複層林化に関しては、実施が確約されているものとは評価しにくい状態であるので、確実に実施されることが担保されると評価できる資料を提出していただきたい。
2-6.移植について
植物の移植による対処は、成功例が少ないことから推奨しにくい。しかしながら、実施せざるを得ない状況がすでに提示されている。今後、計画の具体化に伴って、更に移植対象種が増加するものと予想される。
移植は、類似した立地へと実施されることが多いが、完全にその種の生育環境を備えている立地であれば、すでにその植物が生育しているのが通例である。すでにその種が生育している立地については、環境の改善や拡幅などの対策が実施されない限り、新たな個体の移植は無意味である。つまり、自然の状態では、その立地の許容する個体がすでに成育しているのであり、立地の拡大なしでの移植は、定員過剰を生み出すのみであって、比較的短期間で元の個体数に減少してしまう。このような観点から、移植に関しては、立地の創生・改善などの作業が必須であり、ビオトープの創生との共通性がある。
貴重種の移植は、人目を引くこともあって、盗掘の被害にあいやすい。このために、通常の林道利用では発見することができない状態の立地に移植することが望ましいが、そのような立地の選定は簡単ではない。(ありえるか?)
今回の事業は8年にもわたるものであり、前年までの移植の成果は、その後の工事に大きな影響を与える。移植が不成功であった場合には、同じ対策によっての保護保全措置がとれないわけである。このような側面を持つため、移植に関しても、最高レベルの対策の立案と実施およびその後の管理体制の準備が必要である。
3.モニタリングについて
本事業は、8年にもわたる長い期間、継続的に実施される。このような長期間にわたる工事は、アダプティブ・マネージメント(適応的管理)を容易にする点で、自然への影響を最小限にとどめることが可能である。すなわち、工事による影響が観察された場合、次年度以降の工事のあり方に反映させることが可能である。このような適応的管理を実施するためには、事前に調査を行うとともに、影響を評価するための項目とその達成目標を定めておき、工事中における影響そして工事後の状態を調査し、比較・検討して評価する必要がある。そのためには、明確なモニタリング実施体制の構築が必要である。
3-1.モニタリング項目と達成目標の整理
現段階では、自然への影響の度合いと評価を行える段階ではないので、モニタリングの項目と達成目標を確立できる段階ではないが、全体の進行にともなって、整理し、立案しなければならない。
3-2.モニタリング結果とその後の事業展開
本事業は、特に長期間にわたるものであることから、すでに実施した工事による自然への影響の結果をその後の工事に繁栄させざるを得ない。結果的に現在求められている適応的管理が実施されることになる。モニタリングの結果の中で、工事によって大きな影響がでたと評価される場合における対応のあり方が、あらかじめ議論されておく必要がある。
もともと、自然は変動するものであって、モニタリングの結果が即工事による影響であるとは判断できない場合もある。そのような場合には、当該地域のみのデータのみでは、工事による影響か、大きな気候変動によるものか、隔年現象などによるものか等が判断できない。モニタリングサイトの設定が必要である。
モニタリングの結果をどのような体制で評価するか、また、自然への大きな影響があったと評価された場合、どのような対応の可能性があるかについて、明示しておく必要がある。ポイントとしては、工事の中止を対応策の中に含めるかどうかである。
3-3.モニタリングの期間と実施主体の明示化
モニタリングは工事期間の8年間と事後の5年間をあわせて13年間という長期にわたる。担当者も異動するものと思われ、経費的にも大きなものとなるので、明瞭・明確な形で全ての実施内容を記載・記録しておく必要がある。内容に関しては、モニタリングの方法、期間、実施主体(経費負担者)などとともに、自然への悪影響が観察された場合の適応的管理のあり方、これらに関するアドバイザーのあり方などについても記載しておくべきである。
以上
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