2005/11/28
細見谷林道に関する意見
岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科
波田善夫
1. 調査精度に関する見解
自然環境に関する調査は、項目・内容に関し、不十分な点が多く、現時点においては評価が困難である。当該林道に関する調査は平成13年から開始されており、その後も一部項目に関して追加調査・継続調査が行われてきたが、現時点においても不十分であると指摘せざるを得ない。
a.植物相調査
基礎となる植物相調査では、多くの種の未記載が自然保護団体から指摘されている。自然保護団体の調査によるリストとの一致性は低く、60%を超える程度にとどまっている。両資料の比較検討の結果、調査範囲の違いや見解の違いなどによる差異が認められるものの、異なる種は分布可能性の高いものである。このことから、両リストの差異は、調査回数・日数の少なさに起因するものであると考えられる。おそらく、緑資源公団による調査は、調査適期に実施できていない可能性が高いと指摘せざるを得ない。
植物相は植物に関する調査・評価の基礎となるものであり、現状のリストでは、多くの種が把握できていないと考えられるので、保護・保全策への立案・対策が困難である。また、現状のリストは不十分であることから、公文書としての印刷・公表には難点があり、植物を専門とする委員として、責任をもてないことを指摘しておく。
b.水生昆虫
水生昆虫の調査は、定量的・定性的調査を実施することとしている(4-3)。しかしながら、調査結果は十分なものとは評価できない。調査報告書には、カワゲラ目として24の種(分類群)が掲載されている。これに対し、水生昆虫を専門とする研究者の調査によれば、現時点において63種の生息が確認されており、このうち少なくとも15種が未記載ないし現段階で所属不明の種であることを認めている。
森生枝・竹門康弘によるレポートでは
「道路の舗装化によって下流部への湧水量が減少する等の現象は経験的にもよく知られているところである.今回の調査結果から,細見谷の林道舗装に際しては、伏流環境とそこを利用する生物をも含めた、より些細な調査があらかじめ行われるべきであると判断する.さらに,それらの知見を集約ならびに整理した上で計画の是非そのものを改めて問い直す必要がある。」と結論している。
この調査は継続中であり、その他の水生昆虫に関しても整理が進行中であるものの、細見谷の水生昆虫相は特異なものであり、さらに解析が進むことによって、評価は一層高いものになるものと予想される。したがって、緑資源による調査はまことに不十分であり、現状を把握できておらず、当然その保護・保全対策も立案が不可能であることを示している。
2. モニタリングに関して
現在の方針は、調査の不備をフォローアップ調査で補うとしている。この姿勢は、自然への影響の如何に係らず着工することを意味しており、基本的なルールとして、容認できない。
モニタリングは、スタートとなる現状を正しく把握できていることが前提であり、不十分な現状把握からの開始では、モニタリングを実施することが不可能である。したがって、モニタリングすることができる現状把握ができていない状況では、着工することはできない。
3. 西中国山地における細見谷の評価
調査は不十分であるにもかかわらず、各項目において細見谷の自然の素晴らしさが認識されるものとなっている。今回の調査は、細見谷の林道整備地域に限定された、局所的なものにとどまっており、中国地方における細見谷の位置づけや評価に関する視点が欠落している。開発行為によるアセスメントでは、このような広域的な視野が欠落する傾向が高く、致し方ない側面があった。しかしながら、これまでの様々な議論の中から、細見谷の自然の特殊性・優位性があきらかになった現状においては、中国地方あるいは西中国山地の中核としての細見谷を評価する必要がある。
そもそも、本林道の整備計画立案は、自然環境への影響を勘案して立案されたものであるとは考えにくく、自然環境の現状やその後の社会基盤・経済状況の変化は反映されていない。西中国山地の現状や細見谷の自然を考慮するならば、このような地域に対して、単なる通過車両を増大させるインパクトを与える計画を立案すべきではなかった。
林道整備という観点を離れて細見谷とその周辺地域の自然を観るならば、自然を優先すべき地域であることは明らかであろう。しかしながら、地域には生産林も広く存在し、地域住民の営みも存在する。これらの営みのためにある程度の林道の存在と整備は必要であり、認めざるを得ない側面がある。そのことを容認するとしても、細見谷の自然の優越性から、単なる通過車両を発生させる事は認めがたい。この地域の林道整備のあり方は、この地域への来訪目的を持つ車両のみの林道利用のみに限られるべきであり、夜間通行禁止や許可車両のみの利用など、利用制限が必要である。
4. 雑感
今回の委員会の運営を振り返ると、委員会開始時にはすでに調査が実施されており、その結果を審議するものであった。即ち、調査すべき項目と精度に関する審議は行いにくい状態からの出発であった。実施された調査内容は、緑資源公団の基準によるものであり、通常のアセスメントの内容に比べ、低いレベルにとどまっている。このことから、委員会での議論・注文が相次ぐこととなり、9回にもおよぶ委員会開催となった。委員会の開催によって、文言のみの修正が中心となり、現状把握に関する調査が不十分なまま進行したことは残念である。
このような中、緑資源公団の姿勢は、「計画を放棄すること」以外のほとんどは委員会の意見に対応するという、過去になかった柔軟なものであり、設計の変更や自然の回復などに関する姿勢も特筆すべきものであったと評価する。林道を整備するという命題を大前提としながら、自然に対しても高いレベルで配慮し、対応していただいた過程は、従来の林道建設では見られなかったものであった。限られた権限の中での対応としては、最高レベルのものであったと認識しており、対応に深謝する。
しかしながら、高いレベルの自然に対して対応した結果、当該林道の一般的利用はほとんど望めない状況へと変質してしまった。近年の財政状況を考慮するならば、中止すべき公共事業の筆頭であろう。
今後、更なる調査を実施すれば、現在把握できている以上に細見谷の自然が高く評価される結果以外には予想は存在せず、「高いレベルで自然に配慮したものの、影響は回避できない」との結論とし、委員会を結審すべきである。
緑資源公団は、自然を守る役割もある。この地域を西中国山地の中核として位置づけ、自然が人間の利用に比べて優位に立つ地域として存続させ、発展させる責務を持っている。今後、そのような活動に方向転換していただくことを要望する。
細見谷に戻る Topに戻る