5.費用対効果(コストパフォーマンス)
元々、自然保護と事業の価値は、天秤に乗せてどちらが優先するかは判断できないものである。まったく異なる要素であり、同じ軸で判断することができない。しかしながら、現実の事業においては、両者のつりあいを判断せざるを得ない場合が多い。公共性と自然保護を天秤にかけてしまうわけである。今回の、細見谷林道整備の公共性はどうであろうか?
林道整備における、公共性あるいは有用性としては、どのような要素から判断されるべきなのであろうか。当然のことながら、地域の森林資源の利用に関する貢献がまずあげられる。これとともに、地域住民による生活道としての利用、あるいは遠距離を移動する車両の利用、観光資源などに関する利用などがあろう。これとは反対の側面として、利用率の向上による自然へのインパクト増大は、ネガティブな要素である。ポジティブな側面と、ネガティブな側面が検討されなくてはならない。
(1)森林資源への貢献は?
当該地および周辺地域には、スギを中心とする植林地が比較的広く広がっている。民有地では、木材価格の低迷の中、林業組合などによって比較的林業が活発に営まれている。しかしながら、これら民有林については、必要な林道が作られているようであり、建前論としての林道整備の必要性を表明しているものの、当該林道の整備の必要性はないようである。撤回されたものの、一旦は林業組合長から無用であるとの表明がなされたことでも、このことがわかる。当該林道の中核である、渓畔林の地域は国有林であり、民有林には関係がないからでもある。つまり、民有林にとっては、細見谷林道の整備は不必要である。
このことから、人工林における施行としての有用性は、国有林に限られることになる。この地域の国有林が間伐や枝打ちなどの管理が行われる可能性はどうであろうか? 林野行政が破綻しており、広大な国有林が放置されたままになっていることはよく知られた事実である。破綻は林業収入を財源とする独立採算制であるために、木材価格の低迷によって赤字財政となっているからである。半世紀もかかる育林という業務において、独立採算制が正しいかという議論がある。その是非に関してはここでは言及しないことにする。
当該地域の人工林は、間伐や枝打ちなどの施行が必要である。このような作業に関しては、特に低価格である間伐材を搬出することは非常に困難であろうから、「切捨て間伐」と呼ばれる間伐材の放棄が普通である。このような、切捨て間伐においては、林道を整備する必要性は低い。搬出する必要がないので、林道は特に必要ではない。
将来、材木を収穫できるであろうか? クマタカが営巣しており、中核である渓畔林区間においては、林道と人工林との間には、厳正に保護・保存されなければならない渓畔林・ブナ林が存在する。このような環境において、伐採・集材が可能であるかについては、大きな疑問がある。人工林は斜面の上部から下部にかけて広がっており、これを伐採して集材するためには、林道との間に発達している渓畔林を通過する必要がある。当然のことながら、集材用のテンポラリーな林道を作ることはできない。地面を引きずることもできないし、集材機を通過させることも当然できない。緑資源関係者によれば、架線によっての集材が可能であるとのこと。谷にワイヤーを張って、集材する方法があるというわけである。
架線による集材・・・・現実的に考えてみると、ウインチは谷をまたぐ、高い位置に設置されるのであろう。谷の上空に何本ものワイヤーが張り巡らされることになるし、作業を行うためには仮設的ではあっても林道が作られる必要があろう。渓畔林の上部の人工林中に作られる林道建設は、土砂の流出など、渓谷の生態系に大きな影響を与えることになると思われる。いや、林道を作らなくても、伐採だけでも影響を与える可能性もある。
谷の上空に張り巡らされたワイヤーは、クマタカの飛翔には影響を与えないのであろうか? 小生は専門家ではないので、よくわからないが、懸念な点である。また、当然のことながら、営巣期間中における伐採などは遠慮されるのであろうから、施行可能な期間は限られている。
このような状況を考えると、この地域の国有林が伐採され、木材資源が利用される可能性はほとんどないのではないかと思う。伝え聞くところによれば、某営林署のお偉方が、「この地域の人工林は、巻き枯らししかない」とつぶやいたとのこと。この地域における森林施業は、木材資源の伐採利用ではなく、水源涵養・自然休養としての施行であるべきである。これに関しては、森林税などからの経費支出があって当然である。木材資源の伐採・利用の観点からは、本林道のコストパフォーマンスはゼロ、あるいはマイナスである。
(2)林業以外の産業への貢献は?
ワサビの栽培は、この地域の重要な産業であると主張されている。現時点においては、林業以外の唯一の産業といってよい。2軒の農家によってワサビ栽培が行われている。四輪駆動車でも通行が困難になってしまった現状では、ワサビ畑への到達は大変であると思われる。ワサビ栽培は、比較的最近の復活であるとのこと。保護・保全が最優先課題であるこの地域で、ワサビ畑が存在することに疑問を感じるが、まさか農薬散布などはないのでしょうね・・・・・。どちらにしろ、個人で行われているワサビ栽培に30億円を支出することに正当性はない。
(3)交通量
森林資源の伐採・利用が行われなくても、地域住民などによる利用価値が高い場合には、それなりに公共性が高いといえよう。現時点における林道の利用は非常に少ない。1日に数台の車両が通過すれば多いほうで、その多くはコンサルタントなどの関係者であったりする。もちろん、四輪駆動車でも通行しにくい程度の悪路になってしまったので、単なる通過車両はゼロであると思われ、何らかの用事がなければこの悪路に乗り入れる人はいないわけである。
しかしながら、交通量の予測は、190台/日と推定されている。夜間は通行禁止であるので、明るい時間帯では20台/時の通行が予想されていることになる。3分間に1台の割合となる。これほどの交通量が現実に発生するとはとても考えられないが、実際にこれほどの交通量が発生するならば、問題は大きい。正直言って、車はほとんど通らないと思っているので、委員の諸氏は、全員これほど車が通ることにはならないと思っているはずである。したがって、通過車両による自然への影響はほとんどないと思っている。 しかし、みどり資源の主張するように、これほどの交通量があるのならば、大きな問題とせざるを得ない。これほどの交通量が発生するならば、退避場所で離合しなければならない道路の幅員では、交通渋滞が発生することは明らかであろう。自然愛好家は待避所に車を止めて自然を楽しむであろうし、バックが苦手なおばちゃんもここを訪れることを忘れてはならない。
この林道は、積雪のある期間は閉鎖される。整備されたとしても、廿日市市は除雪する積もりはないという。例年、12月に閉鎖され、開通するのは5月に入ってからとなる。開通のためには、冬季の積雪による倒木などの除去作業が必要である。したがって、通行可能な期間は、200日を少し超える程度であろう。
計画通り、林道が整備されればどのようになるであろうか? 元々の計画では、300台/日程度の通過車両数が推定されていた。渓畔林区間を拡幅しないことに決定された時点において、最高速度は30kmに抑えられることになった。離合ができないために、対向車がある場合には、待避所における離合が必要になった。したがって、実際には30kmで通過できることはほとんど期待できないことになった。
吉和方面から安芸太田町に向かう場合、距離的には渓畔林区間を通過する林道が近い。しかしながら、最高時速が30kmであり、かつ待避所での離合が必要であることから、実際には数十分以上の時間が余分に必要となる。通過に必要となる時間は、交通量が多くなればなるほど離合回数が増加するために、長くなってしまう。一旦、渋滞が発生すれば、回復は大変困難な状況に陥るに違いない。このような状況でありながら、通行車両台数は190台/日と計算されている。そのような通過車両数の予測は正しいであろうか? また、そのような数の車両が通過して、この地域の自然が守られるであろうか?
交通量の予測に関しては、時間距離比例配分法という計算方法が採られた。例えばA地点とB地点を結ぶ2つのルートがあったとする。このルートを通過する車両が100台/日であり、ルートAが40分、ルートBが60分通行に時間がかかるとする。短時間で通過できるルートに多くの車両が集まり、その比率は両ルートを通過するのに必要な時間に反比例するという算定方式である。短時間で通過できるルートAを60%の車両が、ルートBを40%の車両が通過する結果となる。この算定式では、90分かかる道と10分でいける道の場合でも、90分かかる道にも10%の通過車両があるという結果になる。これは正しいか?
通常、交通量予測のシミュレーションでは、短時間で通過できるルートAの通過車両数を増加させながら、通過時間をシミュレーションする。ルートAの通過車両が増加すると、混雑するにしたがって通過に必要な時間が増加してくる。必要時間がルートBの時間を上回る段階になると、はじめてルートBに車両が流れ始めることになる。現在整備されている186号線、191号線はすばらしいものであり、交通量も少ないので走行は実にスムーズである。現在でも交通渋滞が発生するような通行量ではないので、この道を通るよりも数十分余分に時間がかかる細見谷林道を通過する車両はゼロであろう。
どちらにしても、いくつかの方法によって推計を行うべきであり、その方法と予測結果を公表すべきである。
(4)自然探訪・観光資源
林道を整備することによって観光的価値が高まり、あるいは多くの自然を楽しむ人々が利用し、それによる経済的価値が高まるとの意見・観点がある。林道が整備され、舗装されることによるメリット・デメリットを考えてみよう。
林道が整備されると観光客や自然を探訪する人たちが増加するとの意見がある。観光資源としては、細見谷の自然は、周辺地域の観光資源に比べると、それほど優秀なものではない。単に新緑や紅葉を眺めるサイトとしては、隣接する三段峡や匹見峡に比べて雄大さや多様性には、残念ながら劣っているといわざるを得ない。観光資源として注目され、多くの観光客が訪れる可能性はないであろう。地形的に単純であり、遠望できる立地がほとんどないことが観光資源としての価値を低くしているといえよう。
現在設定している林道の利用環境において、多くの観光客が来訪できる状況ではないことは、前述の通りである。もしも多くの観光客が訪れたとするならば、来訪者は離合場所に駐車することは必至であり、交通渋滞が発生して現実的な利用が困難であることは、すぐに知れ渡るであろう。
細見谷の自然は、車で通過することではその価値を十分に発揮することはできない。車を降りて歩いてこその自然である。観光というよりも、自然探索・自然理解での利用が適している。歩いての自然探索にとって、車両の通過は大きく価値を減少させる。車両通過による危険を感じつつの自然探訪は遠慮したい。
これらのことから、林道が整備されても多数の観光客が来訪する可能性は低く、少数ではあっても車両が通過することによる、自然探訪の価値は大きく低落すると結論する。
(5)いくらかかるのか?
今回ターゲットになっている13.2kmの予算は29億円とされている。この数字は適切なものであろうか? 幹線林道全体の予算は106億円であり、既に77億円を消費してしまっているので、残った区間の予算が29億円残っているという数字に過ぎないのではないかと思われるがどうであろうか。設計によるデータの積み上げによる予算ではないことは明らかである。工事は8年間にわたって実施することになっている。工事の進行に伴って、大幅な補正予算が上申される可能性はどうであろうか? 自然への高度な配慮に関し、大きな経費が必要になるのではないかと予想している。
30年前に計画された道路網の建設が、その後の社会環境・自然環境の変化を考慮されずに実施されようとしている。税金を払いたくないですね。
(6)廿日市市のコスト
完成後に林道を管理する廿日市市には、大きな負担を負う責務が生じることになる。廿日市市の皆さんからの税金でまかなわれることになります。
- 例年、雪が消えた時点において倒木や斜面崩壊などが発生しており、これを除去し、安全に通行することが可能な状態にするための管理・補修行為を行う必要がある。
- 砂利舗装区間においては、流された砂利を補充するなどの管理・補修行為が必要である。道路管理者として、安全に通行できる状態に維持する責務がある。
- 透水性アスファルト舗装区間においては、適宜検査を行うとともに、透水性の低下が観察されれば、高圧洗浄を行う責務がある。
- 側溝の埋没などに関し、適宜視察するとともに、機能を果たすように維持管理しなければならない。
- 生物に関する代償措置が適切に効果を発揮するよう、維持する必要がある。
- 夜間通行禁止に関する施設を適切に維持管理しなければならない。
- 新緑・紅葉などの観光シーズンにおいては、交通渋滞が発生しないよう、適切に誘導するなどの管理を行う必要がある。
- 来訪者に対して、自然に対して適切に配慮できるよう、啓発活動を行う必要がある。
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