平成12年11月6日
「上関原子力発電所(1, 2号機)に係る環境影響評価書
中間報告書」についての見解
日本生態学会中国四国地区会
平成12年10月18日、中国電力株式会社が通商産業省に提出した「上関原子力発電所(1, 2号機)に係る環境影響調査中間報告」は、山口県知事意見及びその後の環境庁長官意見、そして通産大臣の勧告で指摘された点について、追加調査した結果をまとめたものである。
1)環境の科学的な把握と保全に万全を期すること。
2)ハヤブサ、スナメリ、カクメイ科の貝類、底生生物、その他の陸海植生・動物相のより詳細な調査、予測及び評価を実施すること。
3)発電所の取放水による水質及び海生生物への影響について、慎重な検討が必要であること。
しかし、この「中間報告書」は当初予定していた本年度の秋期調査の結果を待たずにまとめているが、ハヤブサ、スナメリ、カクメイ科の貝類、そして動植物(潮間帯生物、底生生物、海草藻類、植物、昆虫、陸産貝類)に対する原子力発電所建設の影響を断定的に評価し、対策についても言及している「影響評価書」と見なせる。 ところが、この「中間報告書」は影響評価の基礎となる、陸産貝類を除く動植物のリストが脱落しているという極めて初歩的な体裁すら整えていないばかりか、主に以下に示す点から見て、知事意見、環境庁長官意見及び通産大臣勧告で求められた内容にほど遠いものである。それ故に、この環境影響評価が周辺の貴重な生物と生態系を十分配慮したものとなっていないことに、依然として強い危惧の念をいだかざるを得ない。
1)生態系評価の欠落
2)ハヤブサ、スナメリ調査と評価の恣意性、主観性
3)カクメイ科の貝類、ナメクジウオを含む底生生物などの調査と評価の重大な欠陥
4)冷取水の影響評価の欠落と温排水の影響評価の一面性、非科学性
瀬戸内海周防灘における上関原子力発電所建設計画は、日本では過去に例がない半閉鎖水域に位置する原子力発電所の建設計画である。しかも、建設予定地は日本にどこにでもある普通の半閉鎖水域ではない。そこは、瀬戸内海という特別立法(1979年施行の瀬戸内海環境保全特別措置法)によって強く環境保全が求められる海域であり、また、その瀬戸内海の中でもひときわ重要な海域、すなわち、本来の自然環境と豊かな生物相が現在までよく残されている日本でまれにみる海域である。この2重の意味において強く環境保全が求められる海域であるという特殊性はきわめて重要である。従来の研究者や生態学会地区会の生態調査ワーキンググループの調査でも、今回の中国電力の調査でも上関原子力発電所建設予定地周辺海域の豊かな生物相が明かにされている。おそらく、そのような豊かな生物相は元来は珍しいものではなく、瀬戸内海全域あるいは日本の他の内湾域でも普通に見られたものと思われる。しかし、近年の急速な開発(埋め立て、自然海岸の消滅)や汚染により、瀬戸内海をはじめ日本各地の内湾域の生物相は壊滅的な危機に瀕している(和田ほか, 1996; 加藤, 1999)。そのような状況の中で、本来の自然環境と生物相が残されている海域は、瀬戸内海ではもとより、日本でも、もはや極めて稀であり、それゆえ「かけがえのない価値」をもっていると言える。今回の上関原子力発電所建設予定地は、まさにそのような特別な海域を開発する計画と言える。このような特別な海域で開発を計画する場合には、通常の開発計画とは異なり、特別に環境保全に配慮した慎重な環境影響評価が求めらていたはずである。
中国電力による環境アセスメントは、その中間報告に示されるように、上記の重要な認識が欠如していると指摘せざるを得ない。特に、まだ調査途上の段階であり、「今後、秋季調査の結果を加え、環境影響評価書として最終的にとりまとめを行うこととしている」という状況でありながら、あらゆる項目において、不十分な検討のまま「温排水や海域埋め立てが各種生物に及ぼす影響が小さい」という趣旨の結論が下されているのは、あまりにも性急である。それは、「非科学的」であるとともに、「環境保全に配慮した慎重で、科学的な環境影響評価」(山口県知事意見)とはほど遠いものと言わざるをえない。 以下に、上記した「中間報告」の問題点について、具体的に述べる。
1)生態系レベルの影響評価の欠落
当該計画はいわゆる環境影響評価法(環境アセスメント法)の周知徹底期間に申請された、駆け込み環境アセスメントであり、しかも調査内容の不備によって実質的に再調査となったものである。追加調査は、生態系への影響評価を義務づけたアセスメント法施行以降に計画・実施されたものである。さらに、個々の生物相に限らず、これらの生物が生息している環境としての生態系への影響評価は、「影響評価準備書」への知事意見の中でも求められているもので、この海域の特殊性からして、生態系影響評価は当然実施すべきである。今回調査の主な対象となったハヤブサ、スナメリ、カクメイ科貝類等に関しては、生態系における評価指標生物として、「上位性・典型性・特殊性」の各概念に当てはめ、調査を実施すべきである。すなわち、生態系における食物連鎖の上位に位置する種(ハナブサ、スナメリ)、その生態系を特徴付ける典型種、またその生態系の特殊な環境(砂泥底海域に孤立した岩礁や貝殻礁、断崖地形など)に限定して生息する種(カクメイ科の貝類、ビャクシン)などの生存と繁殖への影響を総合的に(餌や生息環境を含めて)評価することをもって、生態系への影響評価を試みることである。
2)貴重生物種の調査と評価における重大な欠陥、非科学性、恣意性
ハヤブサ、スナメリ、カクメイ科の貝類については、その生息場所およびその近傍の環境に改変が加えられた場合に、絶滅リスクがどれほど変化するかを予測・評価しなければならない。そうでなければ、一見詳細な調査がなされたようであっても、環境影響評価にはむすびつかない。量的な把握と、環境の改変による変動の予測がない以上、中間報告書の随所に見られる「影響は少ないものと考えている」などの記述は、事業者の一方的な期待を表わすものに過ぎない。この点こそが「科学的でない」と山口県知事意見等できびしく指摘された点であって、そこにいささかの改善も認められない以上、追加調査に基づく中間報告書は以前の報告同様「科学的でない」状態にとどまっていると判断せざるをえない。
以下に、個々の貴重生物種について問題点を指摘する。
@ハヤブサ
最も大きな問題点は、ハヤブサの繁殖失敗の原因が全く調査、解析されていないことと、ハヤブサにとっての発電所計画地の重要性の評価をしていないことである。
発電所建設によるハヤブサの繁殖への影響評価を行う上で、第一に繁殖失敗の原因究明のための現状解析が優先されなければならないのに、これがされていないことは、致命的欠陥と言わねばならない。
また、発電所建設地が、中間報告書のハヤブサの飛翔図を見ると、鼻繰島のペアにとって生息地の非常に重要な一部となっていることは明らかである。調査結果をもとに「このペアの行動圏は鼻繰島を中心とした半径2〜3km」とも書かれている。しかし報告書では、調査データに対する考察・評価(行動圏内にあり、その中でも利用頻度の高い建設計画地の重要性の評価)をしないまま、建設の「影響は少ないものと考えられる」と記述している。この評価をせずに「騒音を低減」、「鳥の好む実のなる木を植栽」などと言っても無意味である。
営巣場所のみが重要で、生息地のその他の部分で工事が行われても影響がすくないとする結論は不適当である。餌場となる場所、休み場所、非繁殖期に利用する場所も同等の重要性がある。例えば、ハヤブサの主要なハンティング対象はヒヨドリであるとしている(p.1)(しかし、中間報告書からはヒヨドリが主要ハンティングの対象と断定することはできない)。ハンティング確認位置図(p.30、31)によれば、原発建設予定地の南東岬から鼻繰島に至る小島・岩礁の連なりを結ぶ線にハンティング地点が集中している。これらの地点は、ヒヨドリの行動と密接に関連しており、長島のピークから鼻繰島への導線の重要さを示している。したがって、建設工事、また工事後の地形改変・埋め立てによってヒヨドリなどの行動様式の変化、これにともなうハヤブサへの影響が考えられる。この観点から、建設に伴う、環境、特に地形変化によるヒヨドリなどの食餌鳥類の行動へ与える影響について調査し、予測・評価しなければならない。
これまで、そのような、生息地全体への配慮という視点が欠けていたために、営巣場所のみを残して開発を行い、生息できなくなった失敗例が多数ある。広範囲を利用する猛禽類の調査と保護はきわめて慎重に行う必要がある。「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」の保護規定や環境庁の猛禽類保護のための指針もそのような配慮をもとめており、この報告書のように「営巣地点から500m以上離れているので」といった形に矮小化して解釈するのは大きな誤りである。しかも、500m離れていることによる影響が小さいという根拠も示されていない。
また、工事の騒音、さらに人工的な環境がハヤブサにとって耐えられるものであるという意味のことが書かれているが、そのようなものに対する感受性は個体によって、また環境によって大きく異なる。新小野田発電所の建物を利用しているからといって、鼻繰島のペアがそうであるとは言えない。対象となる個体がどうであるか調査によって明らかにされていないうちに、数少ない事例をその種全体に一般化して類推することは厳に慎むよう、環境庁の指針でも求めている。
ハヤブサは生息環境の悪化で個体数を減らしていることに留意して、調査、予測・評価をやり直すべきである。
Aスナメリ
スナメリの確認調査においては、多数の確認記録が示されている。本種は広い海域において生息が確認されている(p.56)ことを引用し、瀬戸内海全般に多数生息しているかの印象を与える構成となっている。粕谷らなどの調査・研究では、瀬戸内海全般において個体数が急激に減少しているのに対して、当海域においては減少率が低く、現在においても豊かな生息数が確認されている。この点では両調査におけるデータは等しく当海域における生息頭数の豊かさを証明している。これほどの個体数が確認できる場所が、現在どれだけ瀬戸内海に残されているかが非常に重要な点である。すなわち、この海域は単なるスナメリの回遊海域ではない。例えば、スナメリの月別確認頭数(p.3)は、繁殖期(p.40)の4月〜6月に確認が顕著である。スナメリの出産・交尾が行われる繁殖期における当海域の高度利用は、スナメリの棲息における当海域の重要性を証明している。出産前後から幼獣の初期育成期間においては豊富な食餌魚類の存在を欠くことが出来ず、繁殖期におけるスナメリの当海域の高度利用は、この海域が漁業資源に恵まれ、瀬戸内海に残されている唯一のスナメリの繁殖産地である可能性を示唆している。
しかしながら、中間報告書においては、繁殖期における当海域の高度利用に対する評価が欠落し、しかも、瀬戸内海環境保全協会の過去の調査結果を引用し、「スナメリは瀬戸内海の沿岸域で広く確認されている。」ので、例えこの海域でスナメリが減少しても、影響は小さいと断定している。
以上のような瀬戸内海におけるスナメリの生息状況に関する誤った現状認識とこの海域の頻繁な利用についての決定的に重要な意味を見落としていると言わざるを得ない。すなわち、今回の影響評価に基づく開発が行われるならば、絶滅の危機にある瀬戸内海のスナメリに取り返しのつかない影響を及ぼすことになりかねない。
以上より、a)瀬戸内海全域におけるスナメリの棲息頻度に立脚した当海域の評価・位置付けを、特に繁殖期間における当海域の利用に関する調査・評価・位置付けを行う必要がある。さらに、b)特に繁殖期間における食餌魚類に対する当建設事業の影響評価を、埋め立て、冷取水や温排水の影響が食餌魚類やその餌となるプランクトン、ベントスなどに及ぼす影響を含めて、行う必要がある。
Bカクメイ科の貝類
カクメイ科については、卵を採集して孵化させたと記されているが、カクメイ科において孵化成功例の報告は今まで皆無で、発生様式も詳細は知られていないため、軟体動物学上でも極めて重要な知見と言える。しかし、孵化にあたってまず確認すべきことは、浮游幼生となるのか、それとも孵化後ただちに定着して匍匐幼生となる(つまり直達発生)のかということであるが、この最も重要な点についての記述が今回の報告書には欠けている。そのため、調査・飼育の目的が不明である。記述や写真をみるかぎり、浮游幼生が生じたとはどこにも書かれておらず、匍匐している微小な幼貝の写真があることから、恐らくは直達発生ではないかと推測される。直達発生の貝類の多くは、水流による分散がほとんどできないために分布範囲は狭くなり、各個体群も小規模な被覆面積しかもたない傾向が強いことがよく知られている。もしカクメイ科の各種が本当に直達発生であれば、各個体群はわずかの環境変化でも消失しやすい脆弱なものであるだろうし、同時に,相互に隔離された個体群間で種分化が顕著になる可能性も高い。
防府市平島で採集された個体については、福田(2000)がすでに指摘しているように、それ以前に知られたすべてのカクメイ科の種や個体とは異なり、殻表に顕著な螺状稜角を巡らすため、明らかに未知の種である。また、光市牛島のものも、「資料集」p. 85に示された写真をみるかぎり,螺管が体層において急激に太くなっており、従来知られた諸種とは完全には一致しないためこれまた未知の種である可能性がある。やはり、周防灘の島ごとにカクメイ科の種が種分化しているという可能性は、それらが直達発生であるということになれば、ますます大きくなる。
その場合、それぞれ種が異なるのに、今回の報告書のように全部をひとくくりにして「カクメイ科は伊予灘から周防灘の広い範囲で確認されている」などといっても、「ラン科の植物は世界各地で見られるから、世界に広く分布する。よって、この地域のラン科の種が絶滅してもラン科の植物への影響は小さい」という表現と何ら変わりはなく、全く無意味であり、また当海域のカクメイ科の貝類が固有種である場合、大変危険な評価となる。「カクメイ科」というくくり方をやめて,種のレベルで個別に議論すべきである。平島や牛島の個体の正体を明らかにすることが最低限必要なのは言うまでもない。
また同時に、「広い範囲」というが、実際には長島の数箇所、天田島、牛島、平島(しかもそれらの島の中でも点状に見つかった数箇所)でしか見つかっていないことから、果たしてこれを「広い範囲」と言うことができるだろうか。そもそも、それらの種が生息する還元的タイドプールは、ごく限られた地質条件や波浪条件下でのみ形成されるかもしれないのである。中間報告書が、「広い範囲」と言いたいのであれば、少なくとも今回の調査範囲の全海岸線で還元的タイドプールの有無を調べるとともに、そのすべてにおいて調査対象種が生息しているか否かを確定する必要があるだろう。
一方、平成11年8月23日、9月7日にヤシマイシン近似種やナガシマツボが確認されたタイドプールを埋め立てずに残すとしているが、そのタイドプール周辺は、平成11年9月末に当地を襲った台風の影響によって還元的な砂泥が洗い出されたため、現時点で生息は認められない。少なくとも、平成12年10月8日にも生息していなかった。将来、この同じ場所に、平成11年9月以前と全く同じように還元的タイドプールが復活するかどうかは確かでない。周囲を埋め立てるのであれば波浪の影響なども変化するであろうから、タイドプールの形成の予測はなおさら困難であろう。少なくとも、のような保全措置を考えるのであれば、詳細なシュミレーションなどを行い、従来の環境が確実に復元できることを実証するべきだろう。
田ノ浦一帯の海岸には、ヤシマイシン近似種が生息できる可能性を潜在的に持っている場所が点在しているように思われる。しかし、それはあくまで潜在的可能性であり、過去には生息していたが現在は(例えば台風などの影響で)消失したものや、逆に、比較的最近になって新規加入し、新たに定着した個体群もあるかもしれない。この場合、個体群が現れる場所はその時その時で変化がみられる可能性が高い。しかし、上記のようにヤシマイシン近似種が直達発生であるとすれば、個体群が出現する可能性のある範囲はごく狭いことになり、長島西端部に限定されていても不思議ではない。田ノ浦を埋め立てれば、個体群出現可能性を潜在的にもつ場所のうち、決して少なからぬ面積を失うことになるかもしれないのである。当然のことながら、ある生物種の保全のためには、その種が生息しうる可能性が最大になるように配慮すべきであり、分布域の狭い希少種となればなおさらそうである。中間報告書であくまで「影響は少ない」と言うのであれば、以上挙げたような可能性を具体的に調べてた上で評価をするべきであろう。
C底生生物
底生生物についても,すでに生息が指摘されているオミナエシフサゴカイ近似種やシュジュコミミガイなどの調査結果が示されていない。全種のリストもなしに「主な出現種はサザエ,マナマコ,ムラサキウニなど・・・」などと記述しても、影響評価書として意味をなさない。
また、潮下帯についての調査も,ナメクジウオ以外についてはほとんど内容がない。対岸の祝島近海からすでに報告されているアマクサウミコチョウやミドリシャミセンガイなどの希少種についての記載が欠落している。
Dビャクシン
ビャクシンについて、「ビャクシンは、保存する小島及びその対岸の断崖で確認した(p.198)」とあるが、量的な把握をともなう科学的な調査については実施したの否かが述べられていない。保存する計画の小島だけでなく、対岸の断崖も、現状についての詳しい生態調査が必要である。また、ビャクシンを保全するとしているが、保全策を立てるには最低限、群落の構造と動態、個体群の維持機構を調査する必要がある。日本生態学会員らの調査によれば、計画地におけるビャクシンは、海岸に直接面した急崖のみに生え、岩が崩壊し他の植物が生える前の裸地で実生が育っている。周りを埋め立てて建物を作った場合に、小島を残してもビャクシンの個体群が維持できるかどうかはわからない。もちろん、上記のような場所に生えているビャクシンの「移植」など極めて非現実的である。
E陸産貝類
陸産貝類については例外的に全種のリストが提示されている。そのうち、「タシナミオトメマイマイの1種」とされているものは,写真を見るとカミノセキオトメマイマイであることがわかる。ところが、同時に,同じシロマイマイ属(Trishoplita)に属する「キュウシュウシロマイマイ」もリスト中に挙げられている。シロマイマイ属に属する種の多く(マメマイマイなど一部を除く)は、同じ場所に2種以上が同所的に産することはほとんどない。恐らく今回の「キュウシュウシロマイマイ」は、カミノセキオトメマイマイの無帯型のことを指しているのではないかと思われる。これを解決するためには証拠標本の公開以外にない。
また,「計画地点に広く分布する種」の一つとして「コオオベソマイマイ」が挙げられ、他の4種とともに「西日本ないしは瀬戸内海沿岸地方に広く分布する種である」と評価されている。しかし、コオオベソマイマイは決して「広く分布する」とは言いがたい。特に山口県では、これまで徳山市の一部などに極めて局限されており、稀な部類に入る。長島での多産はむしろ例外的なものである。このため、コオオベソマイマイをコベソマイマイなどと同列に扱うべきではない。
3)冷取水の影響評価の欠落と温排水の影響評価の欠陥
温排水の影響については記述しているが、従来の記述の繰り返しにすぎなく、科学的影響評価とは言い難い。例えば、スナメリの餌の一部となるアジ類、コノシロ類が海水温が1℃上がった場合には、どのような挙動を示し、それがスナメリの生活にどのような影響をおよぼすのかという予測と影響評価がまったくなされていない。さらに、温排水の放出域が沖合100mで、その温度1℃上昇予測包絡範囲は限定されているので、スナメリ、カクメイ科貝類などへの影響は少ないと評価しているが、数キロ平方メートルに及ぶ予測包絡範囲がこれら生物にとってどのような意味を持つのか明らかにすることなしに評価することは非科学的と言わざるを得ない。
冷却水のとり込み(冷取水)によるベントス・魚類の卵・幼生・稚仔の死亡についてはまったく記載がない。冷却水と一緒に取りこまれた卵・幼生・稚仔はほぼ100%死亡すると考えられる。そして、今回の発電所の冷却水取込み量は、毎秒190トンである。この取水量は1ヶ月間で、平均水深50mの海域の1km(沖合) x 10km(海岸線)の全ての海水を取水することを意味し、そこに生息している浮遊性の卵・幼生・稚仔を壊滅させ、それらの親であるベントスや魚に致命的な影響を及ぼす可能性がある。すなわち、近傍の海生生物に影響が少ないということは考えられない。よって、冷取水の影響を含めた影響評価を科学的に、定量的に行う必要がある。
以上指摘したように、このたびの中国電力の中間報告書には山口県知事意見及びその後の環境庁長官意見、そして通産大臣の勧告で指摘されたの点において、依然として重大な未解決点があることから、日本生態学会中国四国地区会は、上記の問題点を考慮して環境影響評価を再度行うことを求めるものである。
引用文献
- 福田 宏(2000)島ごとに別種? 瀬戸内海周防灘のカクメイ科貝類(腹足綱:異鰓上目:ミズシタダミ上科). Venus: Jap. J. Malac., 59:66-67.
- 加藤真 (1999) 「日本の渚」岩波新書.
- 中国電力(株)(1999) 上関原子力発電所(1, 2号機)環境影響調査書.
- 中国電力(株)(2000)上関原子力発電所(1, 2号機)に係る環境影響評価書中間報告.
- 和田恵次・西平守孝・風呂田利夫・野島哲・山西良平・西川輝昭・五嶋聖治・鈴木孝男・加藤真・島村賢正・福田宏(1996)日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状.WWF-Japan サイエンスレポート 3: 1-182.