環境アセスメントにおける生物調査
調査方法
 環境アセスメントでは、調査結果を評価するわけであるから、評価できる項目であるとともに再現性が高いことが必要である。評価が可能であということは、その分野において十分な知見が集積されており、学術的にも定着していることが必要である。したがって、未解明の分野や分類方法などが統一できていない分類群などは、環境アセスメントの評価項目としては取り上げ難い。
 調査の再現性に関しては、一般に植物で高く、動物で再現性が低い傾向がある。魚類に関しては捕獲方法による再現性のふらつきがあり、昆虫に関しては年による気候的な要因による発生などが再現性を低下させるので留意が必要である。
A.植物
 @植物相調査(Flora)
     植物調査の基本であり、調査対象地域に生育する植物のリストを作成する。調査対象は維管束植物(種子植物+シダ植物)が中心であるが、近年はコケ植物も対象とすることが増加しつつある。特に石灰岩地や蛇紋岩地域などではコケ植物が注目されることが多い。菌類は特別な例(マツタケ山など)をのぞいて調査対象にはなりにくい。

    調査時期:原則として4シーズン/年(早春、春、夏、秋)の調査を実施する。
     早春の調査は春の短期間に地上に姿を現し、生長・開花・結実して夏眠する植物(春植物 Spring ephemeral 春の妖精)に照準を当てるものであり、遅くなると地上部は消失して見えなくなってしまう。分類群によっては、時期を失すると分類の基準となっている花や果実・種子などを確認することが困難となってしまうことがあるので、経験が必要である。

    調査方法:ルートセンサス
     種の多様性は立地環境の多様性と関連が深いので、地域の環境構成要素を地図・航空写真などであらかじめ確認しておき、それらを結ぶルートを設定し、調査を行うとともに、可能な限り種の確認地点を地図上にマッピングする。GIS機能の付いた記録装置やカメラなどを活用すると便利。

 A植生調査
     植物群落の構造と植物の量的把握を行う。通常、植物社会学的手法によって方形枠を設置し、枠内に出現する植物のリストを作成するとともに、その生育量を全推定法(+〜5の6段階)で記録する。方形枠のサイズは、草原では1m×1m前後、森林では10m×10m以上である。
     1種類の群落について5つ以上の植生調査を実施することが望ましく、結果的に50〜100程度の方形枠を設置し、調査することになる。この際の確認植物リストは、前述の植物相調査のデータとして利用できる。

    調査時期:出現する植物が季節によって異なるので、最も多数の植物が出現し、確認できる時期を選定することが必要。多くは晩夏から初秋にかけて実施されることが多い。
 B植生図
     群落の分布を地図上に記載したものを植生図という。環境省が1/2.5万の植生図を作成し、公開しているので広域的な群落の分布には利用が可能である。開発行為の多くは、より詳細な植生図が必要となるので、例えば1/2500スケールの植生図などが作成される。

    図化手法
     植生図には「相観植生図」と「植物社会学的植生図」がある。相観植生図はアカマツ林、コナラ林、竹林、水田などのような見て分かる、大まかな区分によってその分布を図化するものであり、通常この手法で行われる。群落の分布確認の手法は、現地調査、航空写真、衛星画像などによる。
     植物社会学的植生図は植物の組成によって植生を相観によるものより詳細に規定して分類する手法であり、より詳細な植生の定義が可能であるが、分布の確認は現地調査以外にはなく、多大な労力を必要とする。
 C大径木・景観木調査
      鎮守の森を象徴するスギやクスノキなどの大径木・景観木は保護・保全するに値するものであることが多い。このような特別の史跡や施設などに絡むものだけではなく、森林を構成する樹木であっても、特に大径であるものに関しては保護・保全の対象として検討されなければならない。樹木の生長速度は種類によって異なるので、大径であるかどうかは場所によって、樹種によって異なる。県や市町村などが巨樹のリストを作成していたり、天然記念物などに指定していたりするので判断基準の参考にしたい。
 Dその他
    毎木調査: 一定の面積に生育する樹木の直径と高さを計測する調査方法
     樹高に関しては、逆目盛測棹尺(約15mまで測定可能)や三角測量、レーザー計測などで計測する。
     幹の直径は、直径尺を使用するか、周囲を計測して直径を算出する。計測位置は胸高位で行われることが多い(胸高直径)。胸高位で計測するのはそれ以下の位置では根に向かって太くなり、材木としては評価できないからである。詳細な調査では、D0.1(樹高の10%位)での計測を行うが、樹高が高い場合には計測が困難である。
     バイオマスなどの調査で実施され、単位面積当たりの生物体量を算出するために、面積は斜面角度で補正する。

    コケ相の調査:

    樹木活力度調査

    土壌調査

    植物(陸域)に係わる調査・予測・評価技術(環境アセスメント協会講習会講演資料pdf)
B.動物
 @哺乳類
    遭遇あるいは捕獲が困難であり、情報収集とフィールドサインの調査(年4回)が中心となる。捕獲する場合には、年2回、30トラップ以上が望ましく、基本的に放獣すること。近年、野生動物を対照とする監視カメラが普及し、個体数調査も含め、良好な成果を挙げている。また、捕獲した動物に発信機を付けて行動に関する情報を収集するテレメトリー調査も実施されつつある。
 A鳥類
     6月の繁殖状況調査を含む、年5回以上の任意調査を行う。渡り鳥や留鳥など、対象に留意した調査時期を選定する。
    ルートセンサス:あらかじめ調査ルートを決めておき、調査を実施する。鳥の存在を確認する距離を決めておくと 面積あたりの鳥密度、そしてその季節変化を数的に確認することができる。

    ポイントセンサス:設定した見通しの良い地点からの観察結果をデータとする。猛禽類の調査や水鳥の調査などで実施される。

    テリトリーマッピング:特に猛禽類の調査において実施される。一定の地域において鳥の飛行軌跡を図化する。通常、何人かの観察者を方眼状に配置し、相互に無線機や電話などで連絡を取りつつ、飛行の方位、角度と時間を記録する。記録資料から飛行の方向と高度等の情報を得ることができ、営巣地とともに縄張りや狩の頻度などの情報を得ることができる。

 B両生類
  現地調査(年4回、早春・春・夏・秋)

 Cは虫類
  任意採取(年3回)

 D昆虫類
  任意採取(年4回、春・6月・夏・秋)
  ベイトトラップ(年3回、4〜5地点)
  ライトトラップ(年3回、2〜3地点)
  その他:わら巻き法、燻煙法、粘着とラップ、筒トラップ、ルートセンサス法など

 F魚類   任意採取、トラップ採取(年4回)

 G底生動物
  任意採取、コドラート法

C.その他
  クモ類、陸産貝類、土壌動物類の調査
  付着藻類、動植物プランクトンなど
      細菌類、キノコ類、地衣類など
(2)まとめ方
A.学術上の観点
 @植物種・動物種
  固有種
  分布限界種
  隔離分布種

 A植物群落、動物の生息地
  自然性
  傑出性
  多様性
  貴重種の依存性
  典型性
  分布限界
  立地の特異性
  脆弱性

B.希少性からの観点

(3)予測・評価
 @植物
  ・直接的な改変やそれにともなう植物群落、植物相へ及ぼす影響の程度と内容
  ・気候や環境の変化が間接的にその周辺植生に及ぼす影響の程度と内容
  ・重要な種または群落の消滅や減少の有無及び影響の程度と内容(直接的・間接的)

 A動物
  ・直接的な改変にともなう動物の生息状況、生息環境へ及ぼす影響の程度と内容
  ・環境の変化が間接的にその周辺の動物の生息に及ぼす影響の程度と内容
  ・重要な種や注目すべき生息地に及ぼす影響の程度と内容

 【予測方法】
  ・記述法
  ・オーバーレイ法:植生図や重要な植物分布図などを事業計画図と重ね合わせ、
   数量的に把握する方法
2.生態系 −上位性、典型性、特殊性−
上位性
○環境のつながりや比較的広い環境を代表し、栄養段階の上位に位置するもの
 ・哺乳類では食肉類(ヒグマ、キツネ、イタチなど)など
 ・鳥類では行動圏の広い猛禽類(イヌワシ、オオタカ、フクロウなど)や河川環境での魚類職の鳥類(ウ類、サギ類、カワセミ類など)など
 ・は虫類では森林や水田などのある里山環境におけるヘビ類(アオダイショウ、ヤマカガシなど)
○小規模な環境における、栄養段階の上位に位置するもの
 昆虫類では池沼・ため池などのタガメなど

典型性
○生物間の相互作用や生態系の機能に重要な役割を持つもの
 ・多くの動植物種の生息環境となるスダジイ林、コナラ林、ブナ林、ススキ草原など
 ・摂食などにより植生に強い影響力を及ぼす哺乳類のシカなど
 ・樹木の穿孔性甲虫類を菜食するキツツキ類など
○生物群集の多様性、生態遷移を特徴づけるもの
 ・哺乳類では里地の森林を特徴づけるタヌキなど
 ・鳥類では山地落葉広葉樹林のゴジュウカラ、里地落葉(常緑)広葉樹林のヤマガラなど
 ・両生類では水田や森林のアマガエルやサンショウウオ類など
 ・昆虫類ではクヌギ、コナラを中心とした雑木林のオオムラサキやギフチョウなど、シバ草原、ススキ草原などにみられる草原性のチョウ類、池沼・湧水・ため池などのトンボ類など
 ・植物ではクヌギ−コナラ二次林に見られる春植物(カタクリなど)、ススキ草原に特徴的な植物(オキナグサ、マツムシソウ、ミヤコアザミなど)、シバ草原に特徴的な植物(ヒメハギ、フデリンドウなど)

特殊性
○特殊な環境を特徴付けられるもの
 ・哺乳類では洞窟性、樹洞性のコウモリ類など
 ・昆虫類では洞窟性甲虫類など
 ・貝類では石灰岩地の陸産貝類など
 ・植物では特殊な立地に生育する植物種・植物群落
  湿地植生(サギソウ、モウセンゴケ、ミズゴケ類など)
  火山植生(フジハタザオ、フジアザミなど)
  塩沼地植生(ウラギク、ハママツナ、アッケシソウなど)
  海岸断崖植生(トベラ、ハマビワ、ノジギクなど)
○比較的小規模で周囲には見られない環境を特徴づけるもの
 ・渓流沿いなどで空中湿度が高く着生殖物の多い斜面林
 ・水生植物が繁茂した動植物の豊かな池沼・ため池に見られる植物(ヒツジグサ、ジュンサイなど)や水生昆虫(トンボ類、ゲンゴロウ類など)など
 ・小規模な湧水に見られるホトケドジョウなど


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