鯉が窪湿原の植物


 鯉が窪湿原には数多くの美しい花が咲く。中部山岳地帯や北海道の短い夏に一斉に咲く花達とは違い、岡山の長い生育期間をすみわけて、春のリュウキンカから始まって、秋までのスイランが終わって枯れ野原になるまで、その時その時の花が咲く。四季折々の顔を持っているのではあるが、季節を逸してしまうと、全く花が咲いていない時期もある。鯉が窪湿原の花達を見るためには、たびたび訪れることが必要である。
 
 鯉が窪湿原の植物の特徴は、リュウキンカ・ビッチュウフウロ・ミコシギクの群生とオグラセンノウの生育であろう。残念ながらオグラセンノウは咲いているのを確認することが困難なほどの個体数しか生育していない。リュウキンカは昔は湿田の畦などにも生育が見られたが、基盤整備などによりほとんど姿を消してしまった。これら、リュウキンカ・ビッチュウフウロ・ミコシギクの3種は、現在ではその姿を見ることも困難な種であるが、鯉が窪湿原では開花の最盛期にあたれば、眼を見張るほどの見事さである。この美しい自然を将来に継承しなければならない。

リュウキンカ Caltha palustris var. nipponica  キンポウゲ科 リュウキンカ属 漢名:立金花

 春の鯉が窪湿原はリュウキンカの開花で始まる。(1999年5月3日撮影)

 湿原の奥、ケハンノキの群落・林床にはリュウキンカの群生が見られ、5月のはじめ頃に最盛期となる。花はこの仲間に共通した光沢があり、一面に広がる黄金のカーペットは見事である。
 リュウキンカは本州・九州の湿地に生育する植物であり、湿原としては周辺部のやや富栄養な立地に生育する。中部山岳地帯の湿原(例えば尾瀬ヶ原)では夏にも開花が見られるが、温暖な当地では春一番の植物である。冬季にもわずかに緑葉を維持しており、雪溶け直後から成長を開始する。5月の終わり頃からはやがて他の植物に覆われて存在が見えなくなってしまう。当地ではリュウキンカの生育地のほとんどは、夏にはビッチュウフウロに覆われてしまう。同じ場所をリュウキンカとビッチュウフウロが季節によりすみ分けでいるのである。
 1999年の2月には、この地域で導水路や堰き止め堰堤の構築などを行い、水の流れを改善した。本年の開花状況は近年に見られないほどの美しさであったという。まずはこれらの保全工事の効果があったようで、一安心である。


ハンカイソウ Ligularis japonica (Thunb.) Less.  キク科 メタカラコウ属

 鯉が窪湿原では、主に2つの谷に生育が見られる(撮影;左 1999/07/02 右 1998/06/26)

 ハンカイソウは大型の多年草で、高さ1mにも達する。本州西部・四国・九州などの西日本の湿地に生育するが、多い植物ではない。

ノハナショウブ Iris ensata Thunb. var. spontanea (Makino) Nakai アヤメ科 アヤメ属

 ノハナショウブは広い範囲に点々とあるいは群落をつくって生育している。花期は比較的長い。
(撮影;左 1999/07/02 右1998/06/26)

花菖蒲の原種である。日本各地の湿地に生育する。鯉が窪湿原では比較的多くの個体が生育しており、盛夏には群咲いて美しい。

コバギボウシ Hosta albo-marginata (Hook.) Ohwi  ユリ科 ギボウシ属

 湿原の周辺部に咲くコバギボウシ (撮影 1999/08/19)

日本各地の湿地に生育する。鯉が窪湿原では個体数の割りに花を咲かせているものが少ない。周辺の森林が発達したために、日照が制限されている場所が多いからかも知れない。

オグラセンノウ Lychnis kiusiana Makino  ナデシコ科 センノウ属

 オグラセンノウ 左の写真は、わずかに咲き残っていたもの(撮影;左 1999/08/19 右 15年前 日時不明)

本州西部から九州の山地に稀に生育する多年生草本で、高さ1m近くにも生長することがある。鯉が窪湿原でも生育数は少なく、貴重である。

サギソウ  Habenaria radiata (Thunb.) Spreng.  ラン科 ミズトンボ属

 観察路のほとりに咲くサギソウ (撮影 1999/08/19)

本州・四国・九州の湿地に生育する多年草。花の形がシラサギを連想させるところから、サギソウの名が付いた。葉の高さが10cm程度しかないので、草丈の低い、最も貧栄養な場所でしか生育できない。鯉が窪湿原では比較的安定した場所が多いために草丈が高く、サギソウの生育が良好な場所は少ない。この写真は観察道付近のもので、開花すると写真家のターゲットとなる。湿原に踏み込まないように撮影したいものである。


サワギキョウ  Lobelia sessilifolia Lamb.  キキョウ科 ミゾカクシ属

 8月の中頃から咲き始めるサワギキョウ 最盛期は8月のおわり頃か (撮影 1999/08/19)

日本各地の湿地に生育する多年生草本。栄養分の豊かな場所では高さ1.5mを越える場合もある。鯉が窪湿原では比較的多数の個体が生育しており、背丈も程良く、初秋の風情がある。

ビッチュウフウロ Geranium yoshinoi Makino フウロソウ科 フウロソウ属

 ハンノキ林の林床に咲くビッチュウフウロ 最盛期は8月の末 (撮影 1999/08/19)

中部地方南部から中国地方に生育する多年生草本。夏の鯉が窪湿原の主役である。花は直径約2cmで、次々と花を咲かせる。ハンノキ林の林床を一面に覆って開花する様は鯉が窪湿原でしか見ることができない。花に近寄ってみると、花弁には繊細な紫紅色の脈があり、芸が細かい。

シラヒゲソウ  Parnassia foliosa Hook. fil. et Thoms. var. nummularia (Maxim.) T. Ito  ユキノシタ科 ウメバチソウ属

 繊細な花びらを持つシラヒゲソウ (撮影 1999/08/19)

本州の中・西部から四国、九州の湿地から湿った草原に生育する多年生草本。鯉が窪湿原では湿原の中心部に生育しているために、観察路から見える地域に少ないことは残念である。

タムラソウ Serratula coronata Linn. var. insularis (Iljin) Kitam.  キク科 タムラソウ属

 湿原と森林の境界部に咲くタムラソウ (撮影 1999/08/19)

本州、四国、九州の草原から湿地に生育する多年草。高さは1m以上になることもあり、アザミに似た美しい花を咲かせる。

ヒツジグサ Nymphaea tetragona Georgi  スイレン科 スイレン属

 人知れず咲くヒツジグサ (撮影 1999/08/19)

 全国の貧栄養性の湖沼や湿原の中の池などに生育する。和名は「未(ひつじ)の刻(現在の午後2時頃)」に花開くという意味。鯉が窪湿原では、湿原の中心部の小池に生育しているので、残念ながら観察路からは見ることができない。

ユウスゲ(キスゲ) Hemerocallis vespertina Hara  ユリ科 ワスレグサ属 

 夕方から咲き始めるユウスゲ (撮影 1999/08/19)

本州、四国、九州のやや湿った草原に生育し、湿原の周辺で見られることが多い。夕方に花を開き始め朝には終わってしまう、一日花である。昼間に湿原を訪れる人は、この清楚な花の開花を見ることができない。鯉が窪湿原ではため池の堤防などに見られる。

ミコシギク Chrysanthemum lineare Matsum. キク科 キク属

 マーガレットに似た花を咲かせるミコシギク(撮影 15年前 日時不明)

本州、九州の山地の湿地に稀に生育する多年草。秋に栽培種と見間違う花を咲かせる。ミコシギクは稀な種であるが、鯉が窪湿原には比較的生育個体数が多く、これほどの個体数が生育している湿原は鯉が窪湿原だけであろう。



オニスゲ Carex dickinsii Franch. et Savat.  カヤツリグサ科 スゲ属

 水の流れる場所に生育するオニスゲ (撮影 1999/08/19)

 湿原には多くのカヤツリグサ科植物が生育しているが、オニスゲは特徴的な果実により、容易にその存在がわかる。湿原の水が流れる場所に生育し、大きな果穂をつけて、その様を鬼の角に例えたものであろう。

オオミズゴケ 

活けるスポンジ オオミズゴケ (撮影 1999/08/19)

 鯉が窪湿原には2種類のミズゴケが生育している。このオオミズゴケは中国地方では最も一般的なミズゴケで、水に浸らない状況で、群生する。もう一つのミズゴケはコアナミズゴケといい、沈水状態で生育する。中国地方では、このように2種類のミズゴケが出現する湿原は少なく、岡山県でも数カ所であろう。このことも、鯉が窪湿原の特色の一つである。


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