備前焼の窯は須恵器の時代から移動を繰り返してきました
このなぞに最先端の科学で挑みます
須恵器から始まった備前焼の窯は矢印のように移動し、現在の伊部の地で発展することになりました。
なぜ備前焼の窯は移動したのか、移動せざるを得なかったのか?
考古学、社会学、生物学、地球科学、情報科学からの視点の融合です。
一般公開シンポジウム
参加無料
会場: 岡山県総合福祉会館
(城下電停下車 岡山神社・県立美術館そば)
日時: 2000年12月17日(日)
午後1時〜 |
岡山理科大学
『岡山学』研究会
Society of Okayamaology | 問い合わせ先: 岡山理科大学 広報室
〒700-0005 岡山市理大町1−1
(086-251-3161(代表)
http://www.ous.ac.jp/ |
1.今回のテーマ(主旨)の説明・・・亀田修一
なぜ、備前焼が岡山県南東部の備前市伊部の地で焼かれるようになったのか。なぜ備前焼が全国的に使用されるようになったのか。検討しなければならないことはたくさんあります。
今回は備前焼の前身である邑久窯跡群の須恵器の生産が長船町にはじまり、邑久町、牛窓町、備前市佐山などをへて、12世紀ころに備前市伊部の地に入っていったのはなぜか、そのあたりに注目しながら5つの発表で迫ってみたいと思います。
2.野外調査のための情報科学・・・北川文夫
本稿では、「岡山学研究会」における研究を支援するシステムについて報告する。岡山学研究会では、岡山を共通テーマに考古学、植物学、地理学などの研究者が野外調査をもとに、これらいくつかの研究を相互に利用した研究をしていく目的で発足した。
フィールドサイエンスに情報科学はどのように支援できるか?
本稿では、情報科学の立場から野外調査のための位置情報を備えた情報発見支援システムを提案する。
3.生産と原料立地・・・泉俊弘
経済立地論は、特定の産業あるいは企業の特定の地理的空間への定着、すなわち立地行動について経済学的に解析することを目的としている。また、このようにして形成された経済空間の構成を示す理論も、立地論の中に含まれる。
たとえば、工業立地論の祖といわれるA・ヴェーバーは、20世紀初頭における急激な工業化現象とそれに伴う大工業都市の族生がイメージして、工業の集中、言い換えれば工業地域(地帯)の形成を説明するための理論を構築した。
このような理論は備前焼に当てはまるであろうか?
4.備前焼と粘土・・・坂本尚史
5.備前焼を支える松林・・・波田善夫
古代の生活には、多くの木材エネルギーが必要であった。備前焼に使用する燃料、そしてこれに従事する人々の炊飯・暖房エネルギー、これらに加えて製塩に用いたエネルギーなど、地域の森林は支えることが可能であったか? 地域の地質・地形そして森林から備前焼を考える。
6.須恵器から備前焼へ窯は動く・・・亀田修一・能美洋介
須恵器は5世紀初めに朝鮮半島から伝えられたやきものである。窯を使って1000°〜1200°の高温で灰色に焼くこと、形を作るときにロクロを使用することが大きな特徴である。備前焼は須恵器窯が12世紀に備前市伊部地域に移動し、当時その地域を支配していた香登庄との関わりが明確になるころからのやきものをそのように呼んでいる。
なぜこの地方でやきものが発生し、備前焼に発達したのか? その謎に迫りたい。
7.総合討論