オニバス  Euryale ferox Salisb. (スイレン科 オニバス属)



 オニバスは本州、四国、九州のため池などに生育する一年生草本。葉は大きなものでは直径1.5mにもなる。姿はエキゾチックでとても日本のイメージではないが、れっきとした在来種である。
 葉の表面にはワニの表皮を思わせる凸凹がある。葉の裏は鮮やかな紫色であり、肥厚した葉脈が大きな葉の構造を支えている。この肥厚した葉脈と凸の部分には空気がたまっており、葉の浮力を確実なものとしている。しかし、葉脈に裏打ちされた大きな葉は、急激な水位上昇があると対応できず、葉は破壊されてしまう。風にも弱く、台風の後などではかなりの葉が破損してしまう。

 葉の裏や葉柄、花などには鋭い棘があり、不用意にさわるととんでもない目にあう。このような肥厚した葉脈や鋭い棘も乾燥させるとやわらかく、細胞内の水圧によって形を保っていることがわかる。


岡山県自然保護センターのオニバス(2000.08.20)
山陽町民潤池から移植したもの。水質はオニバスの生育にはやや栄養分に不足しており、葉はやや小型。




葉の裏側や葉柄には鋭い棘がある。


オニバスの花(岡山県早島町二軒屋下池(1994.8.19)

 巨大な葉に比べて花は小さいが、美しい。上の写真のように水上で開いて遺伝子交換を行う花と、水中で閉鎖したまま自家受粉を行う閉鎖花を形成する。閉鎖花は確実に種子を形成するための手段であり、こちらの方が多い。花が形成されるころになると葉柄が伸びて花の形成される場所を空けているようで、面白い(写真下)。


岡山市妹尾観音寺池(1988)
ここでは、周辺のあぜ道を補修するために池底の泥をほりあげたところ、オニバスが発生した。


ほとんどは閉鎖花 (岡山市百間川 1983.9.13)


浮遊しているオニバスの種子(栽培:1991)

 果実が熟すと崩れて中から種子が出てくる。種子は寒天質の仮種皮に包まれており、浮かんで流れるがやがて沈む。このような性質は、分布域を広げるのに大きく貢献している。この種子は食べることが出来るという。
 オニバスは、発芽すると最初は水中に子葉を出す。最初は線状の葉であり、次に鉾型の葉となり、やがて下の写真のような和鋏型の浮葉となって水面にでてくる。生育の初期には水中葉が形成されるので、水の透明度は高いほうがよいことになる。大きく成長するためには富栄養な水質が必要であるが、富栄養な水は透明度が低いのが一般的である。富栄養であり、透明度が低い場所では、深い場所までは日光が達しないので、浅い場所でなければ初期成長が出来ないことになる。ここで、水位変動が問題となる。水位が一定であれば、浅い場所での発芽・成長が可能であるが、ため池では1mを超える水位変動があるのがあたりまえであり、オニバスの生育は困難なのである。富栄養であり、年間を通してほとんど水位変動のない池や沼地が生育適地であることになる。
 本来の生育地は、自由に流れを変更する河川の三日月湖ではなかったか、と考えている。


オニバスの幼苗 (岡山県赤磐郡山陽町民潤池 1989.7.10)


ため池の改修工事により発生したオニバス(岡山県赤磐郡山陽町正崎民潤池 1989)
ハスと生育環境が競合するので、ハスの侵入をシートで防いでいる。

 岡山県赤磐郡山陽町の民潤池では、隣接地に建設された運動公園の駐車場用地として一部が埋め立てられ、残った池に関しては堤体の老巧化もあって、改修工事が行われた。これらの工事に先立って生物調査が実施されたが、その時点では特に貴重と判定されるような生物種の存在は確認されなかった。
 ところが、次の年になってオニバスが大発生したのである。底ざらえされた土の中にも多数の種子があり、雨が降ると盛り土の中から種子が洗い出されてきた。ほとんどは殻だけであり中身がなかったが、中には生きているものもあった。地元古老によれば、1925年(昭和元年)頃の繁茂(前年に池を干した)と1932年(昭和7年)に繁茂していたことが記憶に残っているとのことであった。その後にも気づかれずに生育はしていた可能性もあるが、50年以上の間隔を置いた大繁茂である。この場所では、民潤池の周辺のゲートボール場に掘った穴からもオニバスが発生した。穴を掘った場所は昔は池の湖岸であった可能性のある場所である。流入水路はない場所であるので、ここからのオニバスの再生は、さらに長い年月休眠した種子からであると思われる。
 このように、オニバスの種子は少なくとも数十年の寿命を持っており、泥の中で発芽できるチャンスを待っている。不安定な水環境の中で一年生草本として生き抜くための戦略である。


岡山市百間川のオニバス(1983)

 百間川のオニバス群落は、日本でも最大級のものであったが、現在ではこの場所では生育が見られない。水質が悪化し、トチカガミなどの水草が水面を覆ってしまい、透明度も下がったことから生育が困難になったものと思われる。しかしながら種子は現在でも生きているに違いない。水質が改善されるならば、再び大群落の復活もありえると思われる。

参考文献:波田善夫(1988) オニバスの復活.水草研究会報、No.33・34 pp.31-33.

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