ネイチャーガイド 琉球の樹木 奄美・沖縄〜八重山の亜熱帯植物図鑑 大川智史・林 将之 著 |
樹木鑑定サイトを主催し、樹木の葉などの独特な図鑑類を出版している林将之氏が沖縄に移住して3年が経過した。いつか沖縄の樹木図鑑ができるであろうと予想はしていた。ようやく、というより早速「琉球の樹木」が出版された。琉球大学で学んだ大川智史氏との共著である。 本を開いてみると、近著の「樹木の葉」に比べて情報量が多く、わかりやすく使いやすいというのが第一印象であった。その原因の1つが「「樹木の葉」は携帯用の図鑑として編集されたものであって幅が狭い変形本であるが、今回の「琉球の樹木」はA5版であり、わずか2cmの幅の広さが、随分と充実した画像と説明を可能にしている。 仕様 A5版487ページ、掲載種は680種。 第一印象は、ページ構成がゆったりとしており、画像も豊富。自然解説や島嶼別分布リストなどを除くと428ページが種の解説に充てられている。掲載種は680種であるので、見開きの2ページに3種が掲載されているのが平均的イメージである。 豊富な画像 果実などの小さなはめ込みも含めると、1ページを割り当てられている種では8枚前後の画像が使用されており、半ページのものでも4枚程度が必要に応じたサイズで使用されている。葉は可能な限り原寸大としているが、前作に比べて縮小しているものが多いように思う。しかしながら枝付きの葉にこだわっており、実質感がさらに高まっている。花や果実の画像や葉裏の部分拡大など、2×1.5cmという小さな画像にもかかわらず、非常に有効である。小さな画像でも、しっかりと細部まで表現されており、ルーペで拡大できる画像の印刷技術に驚嘆する。 充実した種の解説 漢字表記の種名や方言名、分布する島などの情報も盛り込まれており、類似種との区別点など、内容豊富な解説であるが、可能な限りコンパクトにまとめられている。学名は属名が略記されており、科名や属名を欄外の外枠に記載して本文の掲載スペースを稼ぎ出すという徹底ぶりである。 同定を確実にする検索表 何種も類似の種がある場合には、葉に焦点を当てた検索表が掲載されている。分類の基本として、花が決め手となっていることが結構あって、花が白だったとしたら、赤だったとしたら、といった検索を試みる方も多かろう。基本的に葉の特徴がキーとなっているので、種に到達できる確率が飛躍的に高くなっている。 島嶼別分布リスト 琉球の島々は成り立ちに大きなバリエーションがあり、地質も異なっていて、どの島にも普通にみられる種もあるし、特定の島にのみ分布していたり、分布限界の貴重種だったりする。各島の分布の有無、産状が一覧表として掲載されている。同定の後、一覧表で分布の有無を確認することができ、心強い。 琉球の生物相の成立 ヨーロッパの図鑑などを見ると、土壌のアルカリ・酸性に関する記述がかなり重要な項目になっていることに気づく。沖縄では隆起サンゴ礁に由来する沿岸低地と酸性岩類の山地、そして海浜とマングローブが大まかな生態的な区分であろう。これらが適切に要約されており、短いけれど沖縄の自然のガイダンスとなっている。 使用雑感 琉球の樹木を使ってみて、今大変なことになっている。と言うのは、画像に名前を付けることができるので、名前がわからず放置しておいた昔の画像を引っ張り出して同定するという作業が始まってしまったのである。50年ほど前の奄美大島から始まり、多くはスライドフィルムのスキャニングから仕事が始まる。デジタル時代になると飛躍的に枚数が増えるので、これはこれで大変な作業。しかし、同定できるという喜びは何事にも代えがたく、パソコンの前で長い時間を費やしてしまっている。 もう一つ嬉しいことは、街路樹や庭園木などの植栽樹木が適切に掲載されていることである。「〇〇の植物」では、栽培植物は掲載されていないことが多く、園芸植物を対象とした出版物では、あまりにも掲載種の範囲が広く、街路樹や庭園木が掲載されていなかったりする。美しい花を咲かせている庭園木の名前がわからないというイライラ感があるが、本著ではほぼその懸念がない。自然の樹木とともに植栽木を掲載することは、本著の基本的コンセプトの一つ。もちろん、自然の樹木がメインテーマである。 結論としては、沖縄の樹木を同定できる図鑑として最優秀であり、単に通過するトラベラーにはこれほどの情報は必要ないであろうが、沖縄の森林を学ぼうとする者にとっては、現時点においてこれ以上のツールはなかろうと思う。琉球という地域と、樹木を中心とする基本方針が、分かる図鑑を作り出している。つまり、琉球の樹木を愛している著者が、この本を産み出している。ただ、私としては同様なコンセプトで草本も料理してほしいという欲求が大きい。 旅先で「〇〇の植物」などの図鑑を買い求めてみると、花の写真ばかりであって葉などの情報が得られない場合が多く、花が咲いていない場合にはお手上げとなってしまう。その点、琉球の樹木は葉が中心であり、葉がついていれば何とかたどりつけそうな気がして何度も図鑑をめくってみた。ところが、葉がよく似ているので、ここまでやってくれていても同定は簡単ではないことを思い知らされる。例えば、台風の強風などのような強い環境要因によって葉の形がいくつかの形に収斂したのではないか、と考えてみたくなる。葉の先端が長く尾状に伸び、鋸歯が低くて全縁のものが多く、ぱっと見ではあれもこれもみな同じに見えてしまう。しかし、何度も行きつ戻りつしてページをめくっていると、これこれ!という種にたどりつくので面白い。 画像の詳細さ、適切さと共に「琉球」と「樹木」という縛りが、同定できる図鑑を創りだしている。 書評目次 |