気体の水に対する溶解度と水中の生物
水に溶けている酸素や二酸化炭素の量は、水中に生育する水草や動物の生活には、大きな影響を与えているはずである。この項目では、水温と気体の溶解度から水中の生物の生き方を考えてみよう。
1.水温と気体の溶解度
「水に溶ける気体の量は、水温が上昇するにつれて、次第に少なくなる」ということは、意外に認識されていない。下の表を見ていただきたい。水温が上昇するにつれて、酸素や二酸化炭素の溶解度が低くなっている。この事をふまえ、日常の現象を理解してみよう。
ビーカーの中に水を入れ、下から暖めるとビーカーの側壁にやがて気泡が発生する。これは、水温が上昇し、溶解度が低下したために過飽和になった気体が側壁に気泡を形成したものと考えることができる。同様な現象は、お鍋の中やお風呂でも観察できるはずです。
表.酸素と二酸化炭素の水に対する溶解度(cm3/cm3)
温度(℃) | 0 | 20 | 40 | 60 | 80 | 100 |
酸素の溶解度 | 0.049 | 0.031 | 0.023 | 0.019 | 0.018 | 0.017 |
二酸化炭素の溶解度 | 1.71 | 0.88 | 0.53 | 0.36 | - | - |
気体の溶解度は1cm3の水に溶解したときの容積を1気圧の時の容積に換算したもの(理科年表、東京天文台編から引用)
2.水草と気体の溶解度
水草は水の中で光合成を行っているわけであり、その際には原料となる二酸化炭素を吸収する必要がある。光の量が十分である場合には、原料となる二酸化炭素の獲得量が光合成の速度を支配することになる。二酸化炭素の溶解度は、水温の上昇と共に急激に減少するので、二酸化炭素の獲得は、水温が低い方がたやすく、水温が高くなるにつれて困難になることが予想される。これに対して水草はどのように対応しているのであろうか?
(1)コウホネ
コウホネは沈水葉と浮葉・水上葉を形成する。水中の沈水葉は観察することが困難なので、あまり認識されていない。イメージとしてはアオサのような薄い葉が水の中にあるわけである。春には長い葉柄を出して葉は水面に展開され、浮葉が形成される。水深が浅い場所では、葉は水の上に持ち上げられて水上葉となる。
コウホネの2種類の葉の特性を二酸化炭素の溶解度から考えてみよう。水中葉は水温が低く、水中にたくさん二酸化炭素が溶解している秋から春にかけて有効に働くに違いない。水温が上昇すると、水中の二酸化炭素量は不足するので、葉を水面に出して空中の二酸化炭素を直接吸収する方が有利になる、と考えることができる。ヒツジグサも同様な戦略をとっており、我々には枯れ果ててしまったように思える秋から春までの期間、水中で活発な光合成を行っているのである。
このような周年営業を行うタイプの水草の生育には、年間の水位変動が大きくないことが必要である。
(2)エビモ
エビモには河川や小川などの流水に生育し、周年営業するタイプと、池に生育して夏の間は休眠するタイプがある。池などのように水温が上昇しやすい止水環境では、夏に殖芽を形成して休眠し、水温が低下して二酸化炭素の溶存量が多くなる秋から春までの期間に営業を行う。一方、河川での周年営業タイプはどのように考えたらいいのであろうか。河川でも止水域ほどは温度変化がないものの、かなりの温度変化があり、冬季が有利であることには違いがない。夏には水温が上昇して二酸化炭素の溶存量は低下するものの、河川では常に水草にフレッシュな水が供給され二酸化炭素不足に陥ることが少ないのではないか、と思う。流水環境では川面が常に波立ち、空中から新たな二酸化炭素がとけ込むことも考えられる。
水中における二酸化炭素の存在形態は、やや複雑である。水中に存在する二酸化炭素は、二酸化炭素ガス・炭酸イオンなどの形態をとる。従って、実際には水のpHによって二酸化炭素の存在は大きく影響を受けることになる。この事に関しては、項を改めたい。
2.溶存酸素と水中の動物たち
(1)魚の大量死は夏
水中に溶存する酸素の量は、水中で生活する動物にとっては、まさに死活問題である。酸素の溶存量も水温が高いと少なくなるので、水温の上がる夏では酸素不足が発生しやすい。このため、魚の大量死などの現象はほとんどは夏に発生する(もちろん、薬剤が原因である場合はこの限りではない)。このような現象は、常にフレッシュな水が供給される河川では少なく、止水性の池や用水路などで発生しやすいのは当然であり、この点は河川生のエビモが通年生育していることと共通している。
水温の上昇は、生物の活動を活発にする。物質代謝の速度があがり、酸素消費量も増大する。魚や水生昆虫だけでなく、プランクトンやバクテリアなどの活性も高くなるので、大量の酸素が消費される。このような酸素消費量の増大と酸素の溶解度の低下があるので、夏の溜池はかなり厳しい環境なのであろう。このような現象は、特に水面や水面より上に葉を展開する水草が多い止水域で、顕著になるはずである。
(2)動物の上陸は熱帯で?
このような水温と溶存酸素の関係を地球規模で眺めてみると、極に近い冷涼な地域に生息する魚は酸素不足に悩まされることは少なく、熱帯の、特に水温が上昇する危険性の高い淡水域では、溶存酸素の不足に悩まされることになると予想される。熱帯魚の飼育にはエアーレーションを欠かすことができないが、これも高い水温では溶存酸素量が少ないからである。このような、時として酸素不足が発生する環境では、非常時には空気中の酸素を直接接種する能力があれば、不安定な地域にも生活域を拡大できる。肺魚などはその例であるが、最初に上陸した動物たちは、このような熱帯環境で発生したのではないかと思う。
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