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環境アセスメントとは
 環境アセスメントは大規模な開発が実施される際に、その影響を事前に調査し、評価するシステムである。英語では、Environmental Impact Assessment といい、開発行為がその地域の環境に与えるインパクトを対象にしたものであることが明瞭に示されている。

 環境アセスメントはその性格上、開発が契機となって実施される。その意味では、開発が前提であるといえよう。本来であれば、「事業そのものが成立するか」、「社会において有意であるか」に関する事業アセスが必要であるが、現在の日本ではほとんど実施されていない。また、アセスメントの結果が環境に甚大な影響を与えるならば、事業の中止も含めて検討されるべきである。しかし、アセスメントに必要な予算が開発事業者による支出であることもあって、様々な問題を生じている。

環境基本法 第20条
 国は、土地の形状の変更、工作物の新設その他 これらに類する事業を行う事業者が、その事業の実施に当たりあらかじめその事業に係る環境への影響について自ら適正に調査、予測又評価を行い、その結果に基づき、その事業に係る環境の保全について適正に配慮することを推進するため、必要な措置を講ずるものとする。
1.環境アセスメントの歴史
 1969年、アメリカでは合衆国国家環境政策法が策定された。これを契機に世界各国で類似の法案が制度化されるようになった。ヨーロッパでは、保護すべき自然の大半は失われているが、新たに始まったアメリカにおける開発において、ヨーロッパの二の舞にならぬよう、自然に配慮するべきであるという行政の方針が表れている。

@閣議アセス
     1972年6月:「各種公共事業に係わる環境保全対策について」と題された事項が閣議で了解された。閣議で了解されただけで、法律制定の段階には至っていないのであるが、これ以降大規模な公共事業に関しては環境アセスメントが実施されることとなった。この段階のアセスメントを「閣議アセス」と呼んでいる。
     当時の環境は、「四日市公害訴訟」などに見られるように、各地でコンビナートなどが建設され、大気汚染や水質汚濁が深刻化していた時代であり、コンビナートなどの大規模開発が地域においてどのような影響を与えるかが当面課された課題であった。
     この制度における最初のアセスメントが、国家プロジェクトとされた「本州四国連絡橋児島・坂出ルート建設事業」と「むつ小川原開発」(青森県六ヶ所村)であった。
A地方公共団体におけるアセス条例の制定
     閣議アセスが実施された直後から、地方自治体による環境アセスメントの制度化が行われはじめた。最も早期に取り組んだのは福岡県(1973年)であり、要綱を制定した。その後、川崎市(1976年)の条例制定などが続いた。これらの制度制定は、やはり公害先進地が中心であった。
     地方公共団体の要綱は、国の指針よりも厳しいものとなっている場合が多く、これを「上乗せ基準」と呼んでいる。
B法制定難産の時代 1980年頃から
     閣議了解以降、環境アセスメントは法制化へむけて努力され、中央公害対策審議会などが方向性や原案作成などに当たった。1981年には法制化への閣議決定が行われ、国会に提出されたが、その後長期間にわたって継続審議の扱いとなった。法律として成立しなかった事の背景としては、開発サイドからの反対であると思われる。つまり、環境アセスメントは良いことであるとはわかっていても、高額な経費が必要であること、数年の歳月が必要であること、環境に配慮せざるを得ないので、高額な公害対策経費が必要になる結果、開発が鈍化する事を懸念したものでであろう。
     この間、環境影響評価法は制定されなかったものの、関連した事項は動いており、具体的なアセスメントの指針などは提出され、実施されたわけで、アセスメントが実施されなかったわけではない。
C環境影響評価法の制定と施行
     1997年、6月9日、法は衆参両議院で可決された。3日後の12日に公布され、2年間の周知徹底期間の後に1999年6月12日に環境影響評価法が施行された。閣議了解から25年もの長い年月を必要としたわけである。
     なお、この年1997年は総合情報学部生物地球システム学科が誕生した年でもある。

2.閣議アセスと法アセスの違い
 両者の違いを詳しく列挙してもあまり意味がない。概念だけにしておこう。
@スコーピング −事業の開始時点において国民や自治体などの意見を聞くこと−
     従来のアセスでは、調査項目を決め、調査してまとめ、評価した段階で初めて公開していた。したがって、必要な項目が調査されていなかったり、調査内容が不十分であったりしたこともある。この問題点を解決するために、事前に調査項目と調査法の原案を作成し「環境影響評価方法書」として公開縦覧するシステムが採用されたわけである。この方法書に対して、都道府県知事、市町村長、住民などは意見を述べることができる。
     住民の定義に関しては、地域的な限定がはずされた。閣議アセスでは、開発によって影響を受ける関係地域の住民に限定されていたが、法アセスではこの縛りがなくなり、環境保全上の意見であれば誰でも意見の提出が可能になったわけである。

A「環境」の拡大 −地球環境、生態系、身近な自然などの項目−
     従来の閣議アセスでは公害関係の項目が重視され、「環境」とは人間が健康的に生活できることを重視していた。法アセスでは、地球温暖化などの地球環境に与える影響への調査と予測・評価、個々の動植物種だけではなく、これらを包含した生態系に関する調査・予測・評価が取り入れられた。生態系に関する項目は、個々の貴重種を保護・保全する方法では自然環境全体を保全することが困難であるためである。
     この他、地域住民が日々利用している身近な自然への影響がどの程度あるか、についての調査項目が設けられた。これにより、学術的には貴重ではないものの、日頃散歩しているルートや、その景観、魚釣りするため池なども重視することができる制度となった。
B住民参加機会の拡大
     従来の閣議アセスでは、実質的には最後の結論が出た段階における地元説明会があった程度であるが、数回に増やされた。最初の調査方法(方法書)の段階から住民意見を出すことが可能であり、従来に比べて大幅な改善であるといえよう。

C環境庁関与の強化
     従来の閣議アセスでは、環境庁長官は最後の段階で、意見を述べることが可能である程度の状況であった。すべての調査と評価が決定された後の段階においての意見は、あまり有効なものとはなり得ない。法アセスでは、各段階において意見提出が可能であり、調査項目における意見提出は、環境の保全に大きな貢献となろう。
     例えば、名古屋港内の藤前干潟の埋め立てに関しては、環境庁意見は大きな重みとなり、事業は中止された。
D複数案の提示
     大規模開発が環境へ与える影響の評価は、対象が自然である場合には秤に掛けることが困難である。大規模開発によって消滅するトンボの生息地と大規模開発によって得られる利益は同じ軸の上にあるものではなく、本来比較することができない。環境への影響の度合いは、複数の開発計画を立案し、これらを比較評価することによって、どのような開発が自然に与える影響が小さいのかが判定できる。法アセスでは、複数の開発計画の比較評価を求めている。
Eアフターケア
     自然環境に影響を与えない大規模開発は存在しない。したがって、何らかの代償措置が必要になり、工事によって発生した裸地などの自然への回復措置も必要となる。具体的には、貴重動植物の移植やビオトープの創生などが必要となる場合が多い。
     このような自然に配慮した対策に関しては、事後調査が義務付けられた。このような事後調査によって、貴重な自然が予測通り守られているかが判明する。予測通りでないならば、何らかの対策が必要となる。
     生物の移植は高度な作業であり、失敗することも多いと予想されるが、このような事後調査はノウハウの蓄積に貢献することになるし、移植が成功しないのであれば、その生物は動かすことができないことを証明したことにもなる。
環境アセスメント評価調書の目次例

1.事業者の名称など

2.対象事業の名称、種類、目的など

3.事業実施区域および周囲の状況
3−1.自然的状況
      大気環境、水環境、土壌および地盤、地形および地質、動植物、景観
3−2.社会状況
    人口および産業、行政区画、土地利用、他の開発事業、河川・湖沼・海域の利用、交通、学校・病院など配慮すべき施設、水道や下水道、都市計画法、環境保全が必要な地域、文化財
4.環境影響評価項目の選定

5.環境影響評価の結果
    大気質、騒音、震動、低周波、水質、地下水、地形および地質、電波障害、地温・水温、電磁波、動物、植物、生態系、景観、人と自然との触れ合いの活動の場、廃棄物、温室効果ガス
6.環境管理計画
    環境管理の基本事項、環境管理体制、環境管理項目および手法(騒音、低周波、水質、動物、植物)、環境管理の結果により環境影響の程度が著しいことが明らかになった場合の対応の方針、環境管理の結果の公表の方法
7.総合的評価
環境影響評価の手続き

1.実施計画書(方法書)
 環境アセスメントのすすめ方、調査の手法に関する計画を記した調書。
 作成のためには、地域に関する学術論文、文献などの収集、学識経験者からのアドバイスなどが必要となる。
 情報卯を元に、調査の項目、調査地、調査季節などをまとめて提案する。
 調書は公開縦覧され、住民意見、関係市町村意見などとともに技術審査委員会で審議される。
 これを元に行政の長からの意見が出される。

2.準備書
 実施計画書とそれに対する意見に基づき、各種の調査が実施される。
 アセスの内容にもよるが、生物調査では春・夏・秋・冬の4季の調査が必要。
 必要な調査が実施され、その結果がまとめられる。
 その結果はそれぞれの項目について評価され、準備書としてまとめられる。
 この結果は公開縦覧され、住民意見、関係市町村意見などとともに技術審査委員会で審議される。
 これを元に行政の長からの意見が出される。

3.評価書
 準備書の評価内容は、修正の上評価書として作成される。
 評価書は公開縦覧され、関係法令の手続きの後、工事が着手される。
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