T.群落の構造と分布
4.極相植生の分布を支配する環境要因

 (3)地史的要因
      氷河期や間氷期などの気候の変動に伴って、動植物は南へあるいは北へと移動してきた。生物の移動速度は種によって大きく異なっている。植物では、ヤナギ科植物などの小さな風によって散布される種子を持つ植物は急速に移動することが可能であり、氷河期の終了に伴って急速に北に移動したことが知られている。一方、ドングリなどの大きな種子を持つ植物の移動速度はどうなのであろう? かなり遅々としたものであろうと想定するのが自然である。また、植物が移動する際には、花粉を媒介する昆虫類や種子を散布する動物群、あるいは土壌中の菌類をも含めた生物群集などの移動も伴う必要があるのかもしれない。
     
     生物の移動に関しては、河川や山岳、あるいは要求する特殊な立地環境(例えば湿原)などの不連続性などから、気候的には生育・生息が可能であっても、最終氷河期が終了した約1万年の現時点においても植物が到達できていない可能性がある。氷河期終了以後、1万年に及ぶマラソン中なのである。

     ブナは北海道の黒松内低地が分布北東限となっている。この地域にブナが到達したのはここ数千年であることがわかっており、まだ十分な優占林を形成することができる段階に至っていないという説が出されている。経年観察により、分布域が次第に広がりつつあるとの調査結果もある。

     富士山は新しい火山であり、活火山である。新しいとは良いながら数十万年の歴史を持っており、幾度も氷河期を経験しているわけであるが、最終噴火が1707年であり、活発な火山活動が継続されている状態では高山の植物は分布しにくい状況があったものと思われる。このような状況から、富士山ではその海抜に生育すべき高山・亜高山の植物は大きく欠落しており、本来の形態とはなっていない。

     長崎の最高峰は普賢岳の噴火によって平成新山(1486m)となってしまったが、普賢岳(1359.3m)や国見岳(1347m)などの1000mを越える山には、本来ならばブナ林が発達していても良い標高である。しかしながらこれらの山岳にはブナは分布しておらず、ブナ林要素の植物はわずかに分布しているものの、これも大きく欠落している。これは温暖な気候時に絶滅してしまい、その後の気温低下においても近隣地域にブナ林が発達している山岳が存在しないために復帰できなかったことによると考えられる。

     このように、分布の北限地域や南限地域、あるいは独立峰、島嶼においては植物の分布チャンスがないために、本来の構成種とは異なったものとなっていることがある。

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