平成12年1月までの観察記録と今後の課題

●第5回イトクズモ保全検討懇談会にむけて
 来る平成12年3月上旬に開催予定となります、検討懇談会に先立ち、今年度のイトクズモの生育観察の結果と、今後の岡南飛行場整備事業計画について整理しました。
 生育観察については、移植後のイトクズモの良好な生育が確認され、保全施設(保全池)がイトクズモの生育に適する十分な機能を有していることが確認されました。また、岡南飛行場整備事業についても平成13年度で第T期整備に係わる工事が終了いたします。今回の検討懇談会では、今後の具体的な管理(特に雑草の除去)についての検討が課題となると考えます。

文責:(株)ウエスコ 環境調査部 森定 伸  
HP作成アシスタント:岡山理科大学 波田善夫



T.平成11年度(平成12年1月現在まで)のイトクズモの生育状況
  1.イトクズモの生育状況
  2.雑草の侵入
  3.その他の生物

U.今後の事業計画

V.検討課題

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T.平成11年度(平成12年1月現在まで)のイトクズモの生育状況

1.イトクズモの生育状況              Topへ)
 イトズモの生育状況を把握するため、毎月1回を基本に、平成11年4月から現在まで、現地においてイトクズモの生育状況の観察と各保全池の水位、水温、水質(塩分濃度,電気伝導率,pH)の測定を行っています。

(1) 福成川側水路・三日月池におけるイトクズモの自然発芽
 当初の保全計画では、福成川側水路(以下側水路)及び三日月池については、基盤整備が終了した後にひょうたん池に生育する個体と、栽培増殖した個体を移植することとしていました。しかし、平成11年3月の現地観察において、側水路と三日月池におけるイトクズモの発芽が確認されました。このとき両保全池には、基盤整備時に持ち込まれた、ターミナルビル前水路の地中3mの深さから採取した底泥が厚さ20pで敷き詰められていました。池の外から侵入する可能性はないため、これらの個体は、この低泥中の埋土種子から発芽したものと判断されます。4月になると、両保全池においてもひょうたん池と変わらないほどイトクズモの繁茂する状況が観察されました。このため、特にひょうたん池の個体と栽培増殖した個体を移植する必要のないものと判断され、側水路及び三日月池においては、保全計画を変更し、移植による導入を行わない計画としました。

写真1. 側水路のイトクズモの繁茂
側水路で発芽群生したイトクズモ。水路一面を覆っている。(1999.5,12)


写真2. 三日月池のイトクズモの繁茂
三日月池で発芽し、パッチ状の群落を形成するイトクズモ。6月には池一面に生育した。(1999.5.14)

(2) イトクズモの生育状況
@ 生育状況
 今回の観察では、ひょうたん池において、1年間を通じてイトクズモの生育が確認されました。過去の観察(平成7年)では、6月から10月までの期間に植物体が確認されなかったことから、岡南飛行場周辺に生育する個体群にとっては、この時期が種子休眠期間になると考察していました。しかし、ひょうたん池で1年間を通じて生育が確認されたことから、生育に適した環境が維持される場所においては、本個体群も、島根県で確認された個体群と同様に、常時生育が可能であることが明らかとなりました。


図1. イトクズモの生育状況

 一方、福成川側水路では8月〜9月に、三日月池では8月〜10月に植物体の確認できない期間があり、更に三日月池では11月以降の種子の結実が確認されていません。側水路と三日月池において、8月〜9月に本種の生育が確認されなかった理由としては、台風などによる降雨の影響で一時的に水位が上昇したため、保全池の透明度が低下し、水中において十分な日照が得られなくなったことから、生育が困難になったと推察されます。
 同様の水位の上昇による日照阻害はひょうたん池でも発生していましたが、ひょうたん池が両保全池に比べ水位が低く、その影響が少なかったため、生育阻害には至らなかったものと考えられます。


図2. 保全池の水深

A 塩分濃度
 3ヶ所の保全池の電気伝導率と塩分濃度の値を比較すると、側水路が最も高く、次いでひょうたん池、三日月池の順に低くなっています。各保全池では、それぞれにイトクズモの生育に必要な塩分供給の仕組みを工夫し、設置しています。特に側水路については、事業計画地側に暗渠を埋設して地下水を導水しているため、他の2ヶ所に比べるとより広い範囲から塩分を含む地下水を確保することが出来る構造になっています。このため、側水路の水質がひょうたん池や三日月他に比較して塩分濃度の高い状態が維持されている原因と推察されます。また、側水路よりは低い値ではあるものの、ひょうたん池と三日月池についてもイトクズモの生育に十分な塩分濃度が確保されています。3ヶ所の保全池それぞれにおいて、前述の水位の差に加え、塩分濃度でも差があることは、イトクズモの生育が可能な多様な立地環境を創造していることとなり、本種の保全に良好に機能していると判断されます。


図3. 塩分濃度


図4. 電気伝導率

B その他
 pH及び水温の季節変化については図5,6に示します。

図5. pH


図6. 水温

2.雑草の侵入              Topへ)
 各保全池においては、ヒシ,エビモ,ガマ,ヨシなどの雑草の侵入が確認されました。これらについては現地観察時に可能な限り抜根除去するよう努めましたが、ほとんどの種が度重なる除去作業を行ったにも関わらず、根絶することは出来ませんでした。以下に、確認された雑草の確認状況を整理しました(図7)。


図7. 雑草の生育状況

(1) エビモ
 エビモは基盤整備を目的に移設されたターミナルビル前水路の低泥と共に保全池に侵入し、定着しました。ひょうたん池においてよく生育し、1年間を通じて確認されています。エビモは、イトクズモと同じ沈水植物であり、水温の低い秋季から冬季によく生育し、水温の上昇する春季から夏季になると生育量が減少するなど、イトクズモによく似た生活環を有するように見受けられました。現在の所、イトクズモと混生している状況が観察されており、当面はイトクズモへの影響は少ないものと考えられますが、本種の繁茂がイトクズモの生育を脅かす可能性も考えられます。


写真3. ひょうたん池のエビモ
ひょうたん池に生育するエビモ。水温の低い時期ほど生育が多い傾向が感じられた。(1999.12.17)

(2) ヒシ
 ヒシはエビモと同様に、基盤整備を目的に移設されたターミナルビル前水路の低泥と共に保全池に侵入し、定着しました。特に側水路で繁茂し、流出部で密生する状態が確認されています。本種の生育は5月中旬から9月中旬の5ヶ月程に限られるものの、最盛期の7月〜8月には、水面を覆い隠すほど生育します。このとき、水中で生育するイトクズモにとっては日照を阻害され、生育が困難な状態となっています。
 本年度の現地観察においては、側水路と三日月池で8月〜9月にイトクズモの生育が確認されませんでした。この原因としては、場所によってはヒシの優占による日照阻害に起因するものも見受けられましたが、ヒシの優占していない三日月池においてもイトクズモの生育が確認されなかったことから、降雨による水位上昇で透明度が低下したことが、最も影響していると判断されました。また、9月以降の観察ではヒシの消滅と水位低下に伴う透明度の回復で、ヒシが密生していた場所においてもイトクズモの良好な生育が確認されています。このことから、季節的なヒシの繁茂がイトクズモの生育にとってある程度影響を与えているものの、致命的な状況には至らないものと判断されます。


写真4. 側水路のヒシの群生
側水路を覆うヒシの群生。特に流出部付近で群生がみられた。(1999.7.19)

(3) ガマ,ヒメガマ,ヨシ
 ガマ,ヒメガマ,ヨシなどは、昨年度の現地観察ではほとんど確認されなかった雑草ですが、本年度の5月頃から毎月の観察で数株ずつ生育が見られるようになりました。これらは、全てが種子による新規侵入と考えられ、ひょうたん池と三日月池で多く確認され、測水路では確認されていません。これらの種の生育状況(侵入状況)を観察すると、これらが新たな場所に侵入するには、土壌のある水際が必要であると思われました。3ヶ所の保全池で、測水路だけがコンクリート護岸であり、ひょうたん池と三日月池は土羽の護岸です。測水路にのみ侵入が確認されなかったのは、護岸形状の違いによるものと判断されます。
 また、これら大型の抽水植物は、地下茎を伸長させ、急速に群落を拡大し、短期間で優占します。加えて、旺盛に生育する初夏季から秋季には高く伸びた茎葉が、冬季は枯損した茎葉が翌年の春季まで残存して水面を覆い隠します。過去の観察では、農業用水路としての管理作業が行われなくなったターミナルビル前水路において、数年で水路一面を覆い尽くし、イトクズモの生育を脅かしていた状況が観察されています。このため、これらの種の侵入については、特に注意して、確認次第除去する必要があります。

写真5. ひょうたん池のヒメガマ
ひょうたん池に侵入定着したヒメガマ。水際部に芽生えて、地下茎を伸ばし、池内に侵入していく。(1999.9.27)

3.その他の生物              (Topへ)
 その他、注目すべき生物としては、側水路内においてオニバスの生育が確認されました。平成7年度から実施している現地観察においては、調査範囲内におけるオニバスの生育は一度も確認されていませんが、本年度の7月に側水路内において1株の生育が確認されました。
 オニバスは、過去には岡山県南部のため池や水路を中心に広く生育し、百間川の河口など群生地も知られていました。また現在、岡山市南輝の農業用水路で生育が確認されており、岡南飛行場周辺の農業用水路にも、過去にオニバスの生育していた可能性は十分考えられます。人為的に側水路内に植え付けられた可能性も低くことから、測水路で確認されたオニバスは、保全池の整備により水路の泥の中で休眠していた種子が発芽し、生育したものと考えられます。
 ご存じのように、オニバスは現在、池沼の改修や埋め立て、水質の汚濁などにより生育地が減少しつつあり、全国的に絶滅の危機にあるとされている貴重な植物でもあります。このため、オニバスについては保全池内に生育することを容認することが望ましいと考えます。


写真6. 側水路のオニバス
側水路で確認されたオニバス。1株のみであったが、10月には種子の結実が観察された。(1999.10.27)

写真7. オニバスの閉鎖花(1999.10.29)

U.今後の事業計画              (Topへ)
 今後の事業計画を下図に示します。現在進行している第T期整備に伴う工事は平成13年度までで終了します。イトクズモ保全施設に隣接する「空港ふれあい施設関連用地」については、第1期整備において、暫定的な整備として、広場利用を目的とする公園整備を行います。


図8. 第T期整備区域

V.検討課題              (Topへ)
 現在までの保全池の状況から、今回の保全対策において実施・整備された保全施設は、イトクズモの生育に十分適する機能を有するものであると評価されました。しかし、今後、長期的に保全施設内でイトクズモの生育が維持されるためには、イトクズモの生育を脅かす大きな要因である、「雑草」の除去を継続して行う必要があります。このため、今回の「第5回イトクズモ保全検討懇談会」においては、雑草の除去など今後保全池をイトクズモの生育地として維持していくための、具体的な管理作業に注目した検討を行う必要があると考えます。

表1. 第4回保全検討懇談会において決定した雑草除去に関わる管理の内容
管理項目管理作業の内容
雑草の除去 ・ヨシ,ガマ,マコモなどの大型の抽水植物は、梅雨の時期に切り口が水中となるように刈り取る。
・その他の植物(ヒシ,エビモ等)は侵入が確認された段階で適宜抜根除去する。
・このとき除草剤などは使用しない。


1.雑草除去作業の内容
 本年度は毎月1回の定期的な観察を行ってきましたが、大型の抽水植物(ガマ,ヒメガマ,ヨシ等)については、この月1回の観察時における除草により、その繁茂を効果的に抑制することができました。しかし、ひょうたん池と三日月池については、種子により新規侵入する個体が後を絶たないという現状も把握されました。
 一方、ヒシ,エビモについては、除草による効果がほとんど得られませんでした。今のところこれらの生育については、イトクズモの良好な生育に大きなダメージがあるとは判断されていませんが、この様なイトクズモ以外の植物の過度の生育は、保全施設の機能の低下につながるものと考えられます。このため今後は、1ヶ月に1度の巡視と、それに付随する雑草除去作業を行い、イトクズモの良好な生育を維持する必要があると考えます。

表2.望ましい雑草除去作業の内容
管理項目管理作業の内容
雑草の除去 ・毎月1回の巡視を行い、保全池内への侵入が確認された雑草については、適宜抜根除去する。
・このとき除草剤などは使用しない。
・特定の雑草が優占し、イトクズモの生育に長期間影響を与える状況が確認された場合は、専門家の意見を踏まえた上で、十分な協議を行い対策を講じる。


2.管理作業の実施
 イトクズモ保全施設については、平成13年度以降、岡南飛行場管理事務所に帰属することとなります。このため、岡南飛行場管理事務所において適切な管理を実施することとなりますが、管理作業の実施、特に管理作業担当者においては以下の問題点が挙げられます。

@イトクズモ及びそれ以外の植物について正しく識別する
 管理作業を行う担当者においては、イトクズモそのものとイトクズモに害を成す雑草について識別できることが当然必要です。更に、側水路に生育するオニバスの例もあるように、今後は保全池内においてイトクズモとの共生を容認するべき植物の生育が予想されます。このため、管理作業を行う担当者には、ある程度植物に関する知識が必要と考えます。

Aイトクズモの生育の状況を正しく把握する
 各保全施設においては、現在イトクズモの生育が十分可能な状況にあると判断されますが、今後は予測し得ない事態により生育の困難な状況になる可能性も考えられます。このため、管理担当者はイトクズモの生育に致命的な影響が発生した状況を、その生育状況から正しく判断する必要があると考えます。

 この様に、管理作業を実際に行う担当者には、イトクズモの生育と植物一般に関する、ある程度の専門的な知識が必要となります。このため、管理作業の実施については、岡南飛行場管理事務所が専門の知識を有するもの(企業及び研究機関など)に委託する形式とすることが望まれます。



図9. イトクズモ保全施設管理体制(案)


図10.管理作業対象区域

注)管理作業対象区域は、保全池の湛水区域のみとし、保全池の護岸部と緑地帯のその他のエリアについては対象外とする。


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