追跡調査 その3 (1999年8月20日、9月18日)


 夏の鯉ヶ窪湿原は、ビッチュウフウロなどの美しい花が咲き乱れ、観光客の来訪も多いので植生を大きく乱す本格的な調査は行いにくい。このような状況の中、本格的なベルトトランセクトの追跡調査は10月に実施する予定としており、今回も簡単な調査にとどめている。

 

 8月20日の調査においては、問題のミゾソバは葉を茂らせており優占状態であったが、未開花であった。9月18日の調査時点における様子が上の2枚の写真である。ミゾソバは期待に反し、花を咲かせており、それなりに観光客の目を楽しませていた。身近な水田のほとりなどで咲いている植物であるが、自然探訪の目的で訪れた中でのミゾソバとの出会いは新鮮なものであるようだ。

 ミゾソバはこの地域に生育しているカサスゲやリュウキンカ、コバギボウシなどを覆い隠して生育している。本数は春に比べて競合によって大幅に減少しているものの、茎は枝分かれして伸長し、下層の植物を覆い隠している。

 開花状況は、水田の周辺に生育しているものに比べて貧弱であり、開花していても結実していないものが大半であり、1つの頭花で数個程度から全く結実していないものがあった。全体的には結実していない頭花が多数にのぼっており、落果して全く果実がついていない頭花がめだった。写真(上)でも花数が少ないことがわかると思う。
 これらの群落の下には表水があって緩やかに流れており、導水路の掘削によって水がまんべんなく流れていることがわかった。これらの対策により、貧栄養な水が地域をうるおしており、結実量が大幅に減少したものと考えられた。ここまでの段階では、導水路掘削の効果があらわれていると評価できる。



 登実率が非常に低いことに気を良くし、サンプルを引き抜いてびっくりした。ミゾソバの根本(上@)や地を這っている茎(上A)からはたくさんの細い茎が地中に伸びており、その先端に閉鎖花が形成されていたのである。対策を考える場合には、その生物の生き様を十分理解する必要があるのは当たり前なのだが、失態である。そういえば、図鑑に閉鎖花をつけることが記載されていたはず、と調べてみると、牧野植物図鑑だけにオオミゾソバ(現在はミゾソバの一型としてまとめられている)として閉鎖花が図入りで記されていた。

 閉鎖花とは、花を開かずに自家受精し、種子を形成するものである。昆虫などにより花粉を媒介しなくても結実することができるので、不安定な環境においても必ず種子を形成することができる。考えてみると、小川や水田脇の水路などに生育するミゾソバは、花を開いているときに増水して水没する可能性がある。花は水没すると花粉が壊れてしまい、受精することができなくなってしまう。このような水没しやすい不安定な環境に生育するミゾソバにとっては、このような安全策は生き残るために大変有利である。逆に言えば、そのような能力があるからこそ、水路に生育できるのである。

 通常の花から形成される種子数は大幅に減少したものの、閉鎖花から確実に形成される種子数は、全部が発芽して生長すれば、群落を形成するには十分な数に違いない。このようなしたたかなミゾソバは根絶できないのであろうか? 次第に個体数が減少し、本来の植物が勢力を盛り返してくることを期待しているのであるが、そのような状況が目に見えるには結構長い年月が必要であるように、思え始めた。長期戦である。

 感想:8月には見えなかったアメリカセンダングサも、ミゾソバに覆われた貧弱な姿ではありながら、数個体確認された。それぞれの植物の適合能力やしたたかさに敬意を表したい。一旦壊れた自然を回復させるためには、忍耐と時間が必要であることを改めて実感した次第である。



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