岡山県自然保護センターにおける湿原造成の実際
原地形と植生配置の方針
湿原を造成する計画地は、基盤整備が行われた後の水田が広がっている場所であった。谷は2股に分かれており、東側の北から流下する谷(以後東の谷と呼ぶ)は集水域が広く、西側の谷(以後西の谷と呼ぶ)は集水域は狭く、明瞭な流入水路は存在しない。西の谷は慢性的な水不足に悩まされていたようで、着工時点では上流側の水田は放棄されていた。
(1)東の谷
東の谷には、通常流水が見られず、地下を伏流水が流れていた。水質は湿原植生が発達するにはやや高い電気伝導度を示していた。検討の結果、原地形である水田の形状をほぼ活かし、3段の大きな湿地を作り、中栄養環境に発達する植生の発達を期待することとした。移植する植生が不足していたこともあって、この地域の植栽はまばらなものとし、貴重種などの保護も行う地域とし、地域に生育していない湿原植物の植栽も行って良い地域として設定した。
谷の地下には伏流水が存在すると予想し、湿原全体として水量が不足すると考えて、谷頭部には溜池を掘削することとした。地表からの観察では掘削は容易であると思われたが、表土を取り除くと巨岩が多数埋没しており、ダイナマイトによって破壊し取り除くこととなった。3mほど掘り進むと、岩の間から伏流水が湧出し、これを貯留した。平成元年の1月頃に貯水を始めたので、平成になって最初にできた溜池であると思われ、平成池と名付けた。
東の谷の流出部には水深1m程度の池を作った。この池は、中栄養の植生となるように設定し、コウホネを植栽した。
(2)西の谷
集水域は狭く、傾斜は緩やかであり、湿原造成には適地であった。谷頭には埋没しかけた溜池があり、水量は少ないものの、湧水が観察された。水田の北側の南向き斜面の山際からもわずかに湧水があり、これらを利用して水田が営まれていたわけであるが、水不足は大変なものであったろうと思われる。南向き斜面の斜面下部を走る農道脇の側溝を利用し、水田への導水も試みられていた。
水質は湿原植生成立の限界付近のものであり、管理によって、湿原植生が成立し得るものと考え、当地に湿原があるとすれば、このようなものになるであろうと思われる湿原植生へ発達させる方針とした。最下流部には、貧栄養生の池を構築することとした。
西の谷の最大の課題は水量の不足であった。東の谷の平成池からサイフォンによって導水することを考え、塩化ビニール製のパイプを設置したが、落差の関係から西の谷湿原の下から2/5程度の地域にしか給水することができず、初期に利用したのみである。また、農道を拡幅し、大型ダンプが通行した結果、北側の斜面からの湧水はほとんど見られなくなってしまった。大きな誤算であった。
基盤地形の造成
基盤地形の造成は水田地形を改変し、その上に花崗岩の風化土壌であるマサ土を搬入し、行った。谷の横断面は、非常に緩やかな凹状としたが、これは、結果的には水が中央部に集まってしまう結果となり、不適切であった。谷の横断形状は平坦とすべきであった。土壌が水によって飽和した際、傾斜が急な場所では崩壊する危険性があり、マツ丸太を打ち込んで崩壊防止とした。
基盤地形上に産業廃棄物処分場や溜池の漏水防止などに使用されるビニールシートを敷き詰めた。ビニールシートは供給水量が少ないので、漏水すると土壌を飽和できないことを懸念したものである。その後の作業における田土の混入を防止する効果もあったと思われる。
ビニールシートの上には50〜60cm程度の厚さ、マサ土を搬入して湿原面とした。設計当初は1m程度の土壌厚とする予定であったが、流入水量が少ないことから土壌を飽和できない可能性があり、厚さを半減させた。土壌の厚さを薄くした結果、土壌の厚さが薄い場所ではビニールシートの下にガスがたまり、浮き上がる減少が発生し、その後の湿原管理に問題を発生させた。
植生の採取と搬入
湿原植生の掘り取りは先端が平切されている「角スコ」が便利である。湿原植生は根の発達は深い層にまで到達していないので、通常は深さ15cm程度の部分にスコップを挿入すると、容易に採取できる。植生はレンガ状のブロックとして、あるいは張り芝程度のサイズのマットとして土が付いたままの状態で掘り取った。掘り取った植生は発泡スチロール製のトロ箱にいれて運搬した。トロ箱は底に穴があいていないものを購入し、使用した。
植生を掘り取ったのは12月前後であり、長いものでは4月頃までこの箱の中にいれた状態で積み上げて保存することになった。植生の掘り取りの際には、多数のトンボの幼虫が確認でき、可能な限り植生と共にトロ箱にいれて保護した。
木道
木道の下は照度不足によって湿原植生の発達が期待できない。従って斜面の傾斜方向に木道を設置すると木道の下が侵食され、水路が形成される。これを防止するために可能な限り斜面の傾斜方向とは直角になるように設置することに留意したが、当然のことながら、斜面方向に設置せざるを得ない場所もあった。その際には木道下は湿地とはせず、堤防状とし、そこに木道を設置した。観察者からは見えにくいが、実は木道の下の多くは堤防となっており、水の流れをコントロールしている。
木道の材料は間伐材の太鼓落としというタイプのもので、間伐材の2方向を平坦に製材したもので、防腐剤が注入してある。自然性に配慮したものであったが、規格がそろわないので、施工に困難さがあった。この間伐材は乾燥不十分であったために防腐剤が十分に注入されておらず、5年ほどで作り替えざるを得ない状況にまで腐朽してしまった。
木道の設置は現場地形に合わせて設置した。すなわち、現場合わせであり、完成後に作図して設計図とした。
湿原植生の植栽
植生の植栽は、当初は上流側から下流側に向かって貧栄養型から中栄養型に向かって、配列するつもりであったが、トロ箱が多数であり、積み上げられた状態であったので断念せざるを得なかった。植生の植栽は密植せず、田植えのように植え広げることとした。植生の量が植栽面積に比べて遙かに少ないこともあったが、先例でこの方法が良い成果をあげていたからである。植物を新天地にまばらに植栽し、後はその場に適合した植生へと発達することを期待した。植栽方法は次の2通りである。
点植え:植生のブロックを適当な大きさに分断し、田植えのように植栽するが、土中に根を埋め込むことはせず、ただ単に地面に張り付けるだけである。植栽後、水が回ると適当な水位に株が位置することになる。株元が水面下になる状況は不適であり、地際はは水面より出ている必要がある。点植えにすると、少量の植生で広い面積を植えることができるが、この方法では水の流れをコントロールしにくい。所々に堤防状に植栽を行い、水の流れを制御する必要がある。緩やかな斜面や平坦地のみで実施できる植栽方法である。
うろこ状植栽:レンガ状の植生ブロックを小さな池を連続させるように植栽する方法である。湿原の水は緩やかに流れる必要があるが、水の流れが集まると流路が形成されてしまい、排水が促進されてしまう。これを防ぐために小さな池から隣接する2つの池に水が流れ、水が湿原面全体に流れるように植栽するものである。水の流れが集中しやすい、傾斜地にはこの植栽方法以外では植生の定着が困難である。