最近の湿生植物園
最近の湿生植物園
湿生植物園は、タンチョウの飼育施設と共に、もっともリピーターの多い施設である。建設当初は富栄養化が懸念される事態や水量の不足など、多くの問題点が発生したが、最近はずいぶんと落ち着いた状態となっている。この湿生植物園の植生について特徴を挙げるとサギソウ・トキソウの群生、ハッチョウトンボの大量生息であろう。
○サギソウ
サギソウは移植した植生中に混在していたものと、別個に選別して採取し、1年間の育苗の後、球根を移植したものがある。移植数は数万のレベルである。移植した当初は、植栽した状況が伺われ、あたかもサギソウ畑の様相を呈していた。工事直後の富栄養化傾向もあって、1茎3花のものも多数見られ、野生状態のものに比べて花も大きく、美しくはあったが人工的な印象は免れなかった。
その後、植栽したサギソウはそれぞれの適地へと移動し、適度な粗密がある状況となった。植栽後、4年を経過した段階から、植栽しなかった場所における生育・開花が目立ち始め、開花個体数が大幅に増加した。これらの個体は種子から発芽した個体であると考えられる。
開花は8月初旬がピークであり、多数の来訪者がある。
1992年8月の湿生植物園(多くのサギソウを愛でる来訪者がある)
サギソウの群生
○トキソウ
トキソウに関しては、移植時においてはその存在確認が困難であり、植栽においては特に留意することが出来なかった。その後、ある程度植栽が進行した段階で、泥を多く含む土壌にトキソウの地下茎が含まれている確率が高いことが判明した。
植栽後、数年の間は湿原表層土への粘土堆積量も少なく、トキソウの群落はあまり広がる傾向を示さず、植栽場所で群生した状態のままの開花が見られた。その後、次第に湿原表面に軟泥が堆積し、地下茎の伸長は容易になったと思われ、群落面積の拡大がみられた。
植栽後8年を経過した現在では、湿原全域でトキソウの生育・開花が見られる状態になっている。植栽直後の状態からの増加は眼を見張るものがある。
トキソウの咲く湿原を散策する来訪者(1999/05/30 手前、湿地に点在する白点はトキソウの花)
トキソウの開花(1999/05/30)
○ハッチョウトンボ
ハッチョウトンボはもっとも小さなトンボであるという。湿地にのみ生息し、人を恐れないので、大きなサイズの望遠を用いなくても結構接写できる。雄は湿原内の小さな開水面を中心としたテリトリーを設定する。
移植は、湿原の植生を採取する際、極力ヤゴを逃さないように留意した。湿原造成後数年は、植生の植栽方法がハッチョウトンボの生育地としても適していたためか、非常にたくさんのハッチョウトンボが発生した。森(1998)によれば、西の谷では、1994年にもっとも多くの成虫が観察されており、木道152.5mの脇1mの範囲で約2000匹を確認している。その後、年月を経る毎に観察数は減少し、1998年では約600匹となっている。恐らく、植生が発達してハッチョウトンボが必要とする開水面の面積が激減したためと考えられる。
●今後の課題
トキソウやサギソウの個体数増加は、湿原として貧栄養な環境条件を保つことが出来ている証拠の一つとして、評価されるべきものであると考える。サギソウやトキソウが生育するためには、これらの草丈の低い植物に十分な日光があたる程度の周辺植生であることが必要である。大型の草本が生育・生長できない程度の、貧栄養状態が長期にわたって維持できている事を示している。
しかしながら、全域に咲き乱れるサギソウやトキソウの生育状況は、自然界ではあり得ない光景であることも確かである。建設当時としては、下流側に至るほど富栄養となることを想定し、上流側にモウセンゴケやサギソウなどの生育する植生を、下流側にはサワギキョウなどのやや中〜富栄養条件下で生育する種の植栽を行った。しかしながらこれらの大型の植物は次第に生育が不良となり、絶えてしまったものもある。湿原の管理としては、全域を貧栄養な条件に管理できている状況であることを示している。
一方、ハッチョウトンボの減少は、開水面の減少を示している。当初に設定した水深に関する環境の多様さは、泥土の堆積により、均質化されてしまった。本来ならば、イノシシなどが泥浴び等を行って新たな環境が形成されることが自然であると考えられるが、これらの野生動物の来訪が減少した現状においては、人為的に何らかの攪乱を与えることが必要であると思われる。
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