−湿生植物園:10年間の評価−
シンポジウムでは時間的な制約もあり、十分に議論できなかった側面もある。以下の内容に関し、補足することによってまとめとする。
(1)岡山県自然保護センター湿生植物園の役割と移植の評価
アセスメントによって小規模な湿地の存在が確認されたが、これらはそのままで保全するとやがて消滅する可能性があるものであった。したがって、現地に保全する湿地に関しても周辺の森林伐採や地形的な安定性を保証するなどの対策を実施した。結果として、相当量の植生を自然保護センターに移植することとなった。
移植元と自然保護センターの位置関係としては、鷲羽山に比べて内陸部であり約50km北東となる。量的に2番目多かった空港ゴルフとは西に20km離れており、気候・立地的には類似性が高い。吉備高原からの移植は植生としては搬入されず、サクラバハンノキを中心とし、これに随伴してオオミズゴケやヌマガヤなどが搬入される結果となった。
自然保護センターの役割として、貴重種の保護・保全があり、その意味では遠隔地からの移入も許容されるものと考えられるが、大量の植生の移動は地域の自然としては攪乱であった可能性も否定できない。特に沿岸部の鷲羽山からの移入、および吉備高原からの移入に関しては、地域フローラに混乱を生じさせる可能性がある。
岡山県自然保護センターの湿原は、建設以来10年を経過し、自然保護センターの立地環境に対応した植生へと発達してきた。元々の環境とはそれぞれ異なっており、当地の立地環境に対応した植生へと変化することは当然である。このことは、自然保護センターとしては湿原の創造に成功したことを意味しているが、元々の保護すべき植生とは異なったものへと発達しているので、その意味では保護すべき植生の保全には失敗しているということになる。
湿原植生のような生態的なまとまりのあるものを移植する場合には、場所を移せばその場に合わせて生態系は変化・変質する。移植の限界である。
(2)湿生植物園に定着した貴重種の由来と評価
湿原植生の移植は、土壌が付いたまま行ったので、プランクトン等は土壌等に混入して搬入された可能性が高い。種類組成でみれば、広い地域で調査された例に匹敵するほどの種数が確認されており、チリモ類に関しては、湿原として好適なものとなっていると評価できよう。このようなプランクトンのレベルで再生できていることは、高等植物のみならず、生態系を構成する種群全体として復元できていることを示しているものと考えられる。一方、植物プランクトンも光合成を行うので、適度な日照を得る必要がある。この観点からは、地表に日照がある程度の植生である立地の存在が必要である。
ハッチョウトンボに関しては、主に鷲羽山の湿地から、部分的には空港ゴルフからの移入であると推定される。湿原特有のトンボであるハッチョウトンボは、オスになわばり行動があり、小さな開水面の存在が必要である。造成した直後の湿地ではウロコ状植栽が行われ、植生が疎らであった等のことから小さな開水面が非常に多数あり、このような環境がハッチョウトンボの生息地として好適な環境を備えていたものと考えられる。
ハッチョウトンボの個体数は、○年をピークとして次第に減少しつつある。湿生植物園におけるハッチョウトンボの個体数は、一時は異常ともいえるものであった。高い密度のためか、周辺の生息可能地への分布拡大も観察された。現在は植生の発達によって開水面が減少し、確認個体数は減少しつつある。水田の指摘するように、次第に減少し、安定するものと考えられる。
このような大発生と、現時点における減少・安定は、ハッチョウトンボの生息には開水面の存在が必要であり、今後とも開水面が存在するためには、何らかの攪乱が必要であることを示している。湿生植物園において貝類やプランクトンなどが多様であることに関しては、湿生植物園の遷移段階が、湿原としては初期段階にある事と関連が深い可能性がある。
(3)湿原植生の遷移と変動
湿原植生もダイナミックなものであり、次第に遷移し、発達していく。湿原が草丈の低い状態で維持されるためには、非常に貧栄養であるなどの極度に厳しい環境に湿原が発達しているか、部分的に遷移を初期段階に戻すなどの変化が必要である。このような遷移段階の異なった場所の混在が、本来の自然であろう。そのような環境無くしては湿原特有のプランクトンや貝類などの生育・生息は望めず、それらが存在してはじめて湿原と言えよう。
自然の状態における湿原は、今回議論になっているような大型ほ乳類の摂食活動や泥浴びなどがあり、上流から土砂が流入するなどして遷移がリセットされる状況が発生するはずである。このような適度なリセットの存在が湿原生態系を成立させている点に関しては、見逃されて来たといっても過言ではない。湿原生態系が長期間、あるべき姿で存続するためには、湿原部分のみならず、周辺地域の生態系があるべき姿で存在することが必要であることが浮き彫りとなってきた。
このような知見が得られたことに関しては、自然保護センターの湿生植物園のような、長期にわたる継続調査が実施されているからこその成果であるといっても良い。