5 備前焼の窯変
―火だすきの形成メカニズム―

山口 一裕(理学部基礎理学科 地球科学)


はじめに
 備前焼は、比較的多くの鉄分を含有する良質の粘土を高温で焼成する岡山県備前地方独特の無釉の焼き物である。備前焼表面には、素地土と炎の働きによって種々の模様"窯変"が現れる。中でも火だすきは備前焼独特の窯変である。火だすきは明るい緋色(赤色)に発色した色調を特徴とする模様で、素地に稲わらを巻き焼成すると、わらを巻いた部分のみに現れる。ここでは、「火だすきの緋色がどのように形成されるのか」という形成メカニズムについて述べる。

火だすきの緋色
 素地と火だすきの部分で鉱物組成の違いについて調べた。素地の部分には焼き物の主成分鉱物であるムライト(3Al2O3・2SiO2)が生成していたのに対して、火だすき表面には、ガラス、コランダム(Al2O3)と赤鉄鉱(Fe2O3)が生成していた。コランダムは無色の鉱物なので呈色とは直接関係はない。天然の単結晶の赤鉄鉱鉱石は、鋼色をしているが、これを機械的に粉砕し、数ミクロン以下の微粒子にすると赤色を呈してくることが知られている。火だすきは、ガラス層中に微細な赤鉄鉱が分散するために緋色に発色していると考えられる。 

図 火だすき表面の走査電子顕微鏡写真
ガラス層中に析出した赤鉄鉱の結晶

 実際に火だすきを電子顕微鏡で観察すると、図のような赤鉄鉱の結晶が観察される。赤鉄鉱の粒径は2〜3μm程度である。生成する赤鉄鉱結晶の粒径が大きすぎても小さすぎても鮮やかな緋色が発色しない。赤鉄鉱の鉄分は備前粘土に含有される鉄分に由来する。火だすきの発色は備前粘土中の鉄分含有量の影響が大きい。Fe2O3として2〜3重量%の含有量が最適であるといわれている。しかし、備前粘土にはX線回折法で調べてみても赤鉄鉱は含有されていない。それでは、火だすき焼成過程でどのようにして赤鉄鉱が生成されるのか。また、火だすき表面は素地と比べると光沢があり、K2O−SiO2組成を持つガラス層の生成が認められ、このガラス層は火だすきの形成に重要な働きをする。このガラス層はどのようにして生成されるのか。

稲わらの役割
 実は、火だすきの形成には稲わらが重要な役割を持っていた。火だすきの緋色が稲わらを巻いた部分のみ現れることからも、稲わらが重要な役割を持っていることは予想がつく。稲わらを調べると、主成分元素はケイ素(Si)、カリウム(K)と塩素(Cl)であることがわかった。また、稲わらを焼成して得られたわら灰には石英(SiO2)と塩化カリウム(KCl)が存在していた。このことから、備前焼焼成過程で稲わらに含有される塩化カリウムが備前粘土と反応すると考えられる。そこで備前粘土と化学試薬の塩化カリウムを種々の割合で混合した試料を作成して、電気炉を使用して焼成実験を行い、稲わら(塩化カリウム)の役割と赤鉄鉱の生成メカニズムについて検討した。備前粘土にはカオリナイト(ハロイサイト)と呼ばれる粘土鉱物が存在している。粘土鉱物の結晶中には構造水が存在するが、この水は焼成過程の500〜600℃付近で結晶外へ脱水する。このとき、稲わら、つまり塩化カリウムが存在すると、備  前粘土は塩化カリウムと複雑な反応をして、カリウムは粘土の構造中に取り込まれる。一方、塩素は塩化水素ガスとなり、粘土中の鉄分と反応して赤鉄鉱を生成させる。1100℃以上になるとカリウムは粘土中のケイ素とともに融液を生成する。焼成温度の増加とともに融液の生成量は増加し、融液中に生成している赤鉄鉱が溶解する。備前焼焼成温度である1300℃では赤鉄鉱は完全に融液中に溶解して、1300℃から急冷して得られた試料にはガラスは生成しているが、赤鉄鉱は生成せず、緋色の発色も認められない。

徐冷と結晶成長
 火だすきの緋色を発色させるためには、融液に溶解した鉄分を冷却過程で赤鉄鉱として再結晶化させる必要がある。火だすきの発色は、冷却過程が重要であると考えられる。そこで、1300℃で焼成した後、種々の速度で冷却した。その結果、徐冷すると融液中に溶解していた鉄分が赤鉄鉱として再結晶化することが明らかとなった。冷却速度を小さくすると赤鉄鉱の結晶粒径と厚みが徐々に大きくなり、火だすき表面に生成している赤鉄鉱結晶の粒径とほぼ一致し、肉眼観察でも、分光測色計で色を数値化した値も、火だすきの緋色に近い発色を示した。また、窒素ガス中で冷却するとどのような冷却速度でも赤鉄鉱の生成が認められず、冷却過程での炉中の環境(雰囲気)も重要な因子となっていることがわかった。このことから、鮮やかの緋色を発色させるためには最適な冷却速度と雰囲気を選択する必要があることが示唆された。
 薄いガラス層中で赤鉄鉱を再結晶化させることによって発色させる火だすきの彩色技術は、大変複雑で難しい。その技術は陶磁器の鉄釉に関連した彩色技術のひとつと考えられ、さらに鉄釉は火だすき以外の備前焼窯変、たとえば胡麻などの形成メカニズムとも関係が深いと考えられることから、さらなる科学的な解明が望まれる。


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