2.吉井川流域の地形と地質
能美洋介(総合情報学部 情報地質学)  & 生物地球システム研究会*1

吉井川の概略
 岡山県には大きな3つの河川(吉井川,旭川,高梁川)があり,吉井川はその最東部に位置する(第1図).吉井川は,中国地方の脊梁山地の標高1200mを越える三国山系に源を発して南下し,岡山平野東部にある西大寺付近で児島湾湾口部の瀬戸内海に出る.河口から源流部までの幹川総延長は約130kmである.吉井川のおもな支流は,三国山の東に位置する黒岩高原を源とし津山平野で本流に合流する加茂川,那岐山・後山山系を源に流下しすさい周匝で合流する吉野川,東備地域の高原部を流れ和気町で合流する金剛川などがある.これら支流の流域をあわせると,吉井川の流域総面積は2110kmになる.
吉井川流域の地形
 第2図は吉井川本川の河床縦断面である.この断面図を見ると,吉野川は源流部より津山盆地までの約40kmの間に急激に高度を減じているのに対し,津山盆地から河口までの約80kmの区間は非常になだらかで平坦な断面形状を示している.この地形勾配の急変は,津山盆地の北縁(中国山地南縁)に東西に延びる美作衝上断層という逆断層の北側(中国山地)が上昇した結果である.中国山地の脊梁部には馬の背状のゆるやかな平坦面がところどころに残されていて,これらは断層運動による隆起以前の平原地形(隆起準平原)のなごりであると考えられている.
 
 中国山地を吉井川は急激に高度を下げながら流れるので,部分的に深く山を削り美しい渓谷を形成する.紅葉で有名な奥津渓谷には,川が河床を削る際に形成されたおう甌けつ穴(県天然記念物)が現在の河床よりおよそ5m以上も高いところに残されていて,川が岩盤を削り込む様が実感できる(第3図).

 
 
 津山盆地に入ると吉井川は川幅を広げ,流れも緩やかになる.盆地の周囲には,丘陵地や日本原のような扇状地が広がっている.その後吉井川は,津山市東部より津山盆地を抜けて吉備高原地域を流下する.吉備高原は400mから500mの高原地形で古い平原のなごり(準平原)と解釈されている.吉井川はこの高原地形を深く削った谷を形成している.このため,川沿いの国道から急坂を登って上に出ると急に視界が開け,緩やかな地形がひろがっている.この付近の吉井川は,流れがしばしば屈曲しており,そのような場所では本川に斜交する直線状の谷が存在する.このような直線状の地形はリニアメントと呼ばれており,そこには古い断層がある場合が多い.吉備高原地域は古い時代の硬い地層から成り立っているが,断層付近では岩石が破壊され風化侵食に対して弱くなっている.このため,リニアメントに沿って谷が形成されやすく,そのような場所に吉井川がさしかかると,流れの方向が急変する.
 備前長船付近より下流になると吉井川周辺の山は高度を減じて丘陵状になり,西大寺付近より岡山平野に出でる.岡山平野部には江戸時代以降の干拓地が広がっており,平坦面が広がっているが,自然に形成された平野は少ない.上流より運ばれた土砂が瀬戸内海に向けて厚く堆積し,かつては干拓に適した遠浅の海が広がっていたものと思われる.

吉井川流域の地質
 吉井川の流域には西南日本内帯(*2)を構成する古い時代の岩石から,吉井川が堆積させた沖積層にいたるまで,様々な時代のいろいろな地質が複雑に分布している(第4図).


 
 吉備高原地域や津山盆地の周辺には,古生代末から中生代中頃にかけての地層が分布している.この地層は,太古の海で形成された泥や砂が固まった堆積岩が主である.プレートに載って太古
のユーラシア大陸付近まで運ばれジュラ紀に付加した.地層の一部はこのときに高圧の環境下におかれて結晶片岩という薄くはがれやすい性質を持った岩石に生まれ変わっている.また,付加するときに剥ぎ取られたチャートや玄武岩など,かつての大洋底を構成していた岩石が混入していることもある.柵原町の硫化鉄鉱床はこのような古い時代の地層の中にある.
 東備地方や津山盆地の南方には,中生代白亜紀の終わり頃に噴出した火山物質が凝灰岩となって広く分布している.これらは,石英や長石などの成分を主とする流紋岩質マグマの大規模な活動によるもので,火山灰,火山礫,溶岩片などが噴出時に持っていた熱によりそれ自身が溶融し,溶結凝灰岩という極めて硬質な岩石になっていることが多い.また,凝灰岩の地層の中に流紋岩の溶岩が混在していることもある.この火山活動は断続的に起こり,活動中止期の湖では泥岩や砂岩などの堆積岩が形成された.この堆積岩付近に良質のロウ石鉱床ができていることがあり,三石では大規模に開発されている.
 瀬戸内海沿岸から吉井町仁堀付近にかけての地域と中国山地には,白亜紀後期から古第三紀にかけて形成された花崗岩が分布している.瀬戸内の花崗岩は,山陽花崗岩類と呼ばれ,ピンク色の長石が含まれる万成石が有名である.これに対し中国山地に分布している花崗岩は山陰花崗岩類と呼ばれている(第5図).山陰,山陽の両花崗岩は見た目は良く似ているが,山陰花崗岩には磁鉄鉱が多く含まれ,山陽花崗岩にはチタンを含む鉱物であるイルメナイトが多く含まれているという違いがある.
 
  第5図 山陰花崗岩の近接写真
    白色の長石・石英が大部分を占める.
    黒い鉱物の多くは黒雲母.角閃石も混じる.
  第6図 津山盆地の中新世の海成堆積岩
  鏡野町の砂岩と泥岩の互層
  (白く飛び出している部分が砂岩)

 津山盆地の周辺や吉備高原の山上には新第三紀中新世の砂岩や泥岩からなる堆積岩が分布 している(第6図).この地層のある津山市の吉井川河床からはクジラの化石が発見された.また,ビカリヤなどの化石も見つかっていることから,この地層は温かい海でできたということがわかっている.形成年代が比較的新しく,これらの地層は完全に固結していない.このため,津山盆地の丘陵地では,特に泥岩が分布するところで地すべりが発生している.
 鏡野町の男山,女山は津山盆地の海成層を突き破って噴出した玄武岩からなる小丘である.現在は火山の火道部分だけが侵食に耐えて残っている(モナドノック地形という).このような地形は吉備高原のいたるところに見られる.玄武岩の噴出年代は500から600万年前(後期中新世から鮮新世初期)である.これと同時期の中国山地の脊梁部には安山岩,玄武岩の噴出および堆積岩が形成された.これらの地層は人形峠層と呼ばれ,蒜山の山塊をなす安山岩はこれと同時期のものである.黒岩高原では噴出した安山岩溶岩が溶岩台地を形成しており,山頂付近に平坦面をとどめている.また,人形峠に見られる礫層にはウランをおおく含む鉱物が濃集していて,国内でも有数のウラン鉱床を形成している.

 以上,吉井川流域の地形,地質を大雑把に眺めてみた.吉井川流域には多種多様な地質が分布し,同時に様々な地形が存在する.また川の流れは流域の地形を少しづつ変化させてきた.これらの地形や地質に応じて人々の営みも多様なものとなり多くの変遷を遂げてきたことだろう.地形や地質は住居の立地,有用な鉱床や石材などとして直接人々の生活にかかわるほか,作物の栽培や植生などにも影響して間接的にもかかわってくる.地形や地質は地域の歴史や文化を紐解く時,その背景の情報として重要であろう.
 

*1 生物地球システム研究会
      総合情報学部生物地球システム学科の教員と学生有志による自主組織(本プロジェクト「吉井川流域の地形と地質」に参加したメンバーは次のとおり.生物地球システム学科2年生 覚本真代,草地祐介,白井景子,同1年生 野村香織,松井芙美)
*2 西南日本内帯
     西南日本の地質の大区分.四国北部から紀伊半島を通る中央構造線を境に北側を内帯,南の太平洋側を外帯という.


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