身近な生物学T 春1学期
7.神経の仕組みと薬物の習慣性
 神経は多細胞の動物らしさにとって、非情に重要である。神経伝達の仕組みと進化、そしてわれわれの行動に影響を与える物質、薬物との関係にも言及する。
(1)神経伝達の仕組み
  神経単位であるニューロンとニューロン間の刺激伝達は、シナップスにおける化学的伝達である。神経線維における全か無かの法則に従う伝達を、シナップスにおいて化学伝達物質を介することによって、柔軟に対応しているといえよう。
    〔主な神経伝達物質〕
    アミノ酸類:グルタミン酸、γ-アミノ酪酸、アスパラギン酸など
    ペプチド類:バソブレッシン、ソマトスタチン、ニュロテンシンなど
    モノアミン類:ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン、アセチルコリン

(2)記憶と学習
    @記憶
      短期記憶
       視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感は、定常的に多量な情報を得る。この大量の情報は、全てを有限のメモリー中に保存することは不可能であり、基本的には短時間で消失する。このような感覚器官からの情報は、メモリーに一旦記録されるものの、その後に入ってくる情報がオーバーライトされることによって、消失するのであると言えよう。

      長期記憶
       繰り返し刺激が長期記憶形成のポイント

    A学習
     「学習」を技能で例示すると、感覚系と運動系との協応関係が未熟な段階から熟練した段階に変化することであると言える。スポーツで言えば、出来るようになる事、上手になる事、と考えればよい。

      第1段階(模倣):何をすればよいか、頭ではわかっている。理屈ではわかるのだが、実行できない状況。 感覚系と運動系の協応関係が低次の段階.
      第2段階(反復練習):同じ事を繰り返し、指令が実行できるか、繰り返して練習する段階。
      第3段階(考えなくても出来る): 感覚系と運動系が協応し,高次の技能が形成され,自動化される段階。考えなくてもできる。考えると出来なくなる。

    このような変化はどのようなシステムで行われるのであろうか。
      新しいネットワークの形成:複雑な動きを可能にするためには、あらたな情報伝達ルートの建設が必要であり、新たなニューロンの新生が必要である。
      ネットワークの情報伝達の良好化:新たな情報伝達経路が形成されると、よりすばやく、確実に情報が伝達できるように、神経回路が強化される必要がある。このプロセスは、シナップスの強化、すなわちシナップスボタンの増設である。
      情報伝達のレベルが上昇すると、これに伴って筋肉の発達がおこる。逆に言えば、情報が伝達され、それに応じて必要な筋肉が増強されるのであって、情報が伝達されなければ、急速に需要の無い筋肉は衰退することになる。

(3)神経伝達のコントロールシステム 
    ドーパミン:快楽ホルモン
     ドーパミンが放出されると覚醒・快楽(楽しい、気持ちいい)を感じる。音楽を聴くワクワク感。ストレスの解消、リラックス感、痛みや不快の感覚でも、解決を目指した報酬期待でドーパミンが増える。

     過剰:分裂症状
     過小:パーキンソン病

    ドーパミンの分泌→ドーパミンが受容体と結合→過剰な興奮の発生→ドーパミン受容体の個数増加→今までのドーパミン量では興奮しなくなる(平常心が保たれる)

    →快楽を求めるためにより多くのドーパミンを要求する

(4)神経伝達に影響を与える物質
    @麻薬
     狭義では、ケシから生成される鎮痛薬。毒性、依存性が強いアヘンやコカインなどは、世界的に広く規制されている。終末医療など、鎮痛作用が求められる医療において利用されている。

    A覚醒剤
      昔、大日本製薬が「ヒロポン」の商標で販売していた。ヒロポンは軍隊の注目するところとなり、軍需物質として大量に調達・備蓄されていた。終戦になって、この備蓄されていたヒロポンが世間に広く流出することとなった(第一次ヒロポン中毒)。昭和24年に禁止薬物に指定され、その効果が現れていたが、昭和60年頃から暴力団の資金源として広まった(第二次ヒロポン中毒)。

     ヒロポン錠 -除倦覚醒剤-
       倦怠睡気除去 作業能の増進
       適応症
          1.過度の肉体および精神活動時
          2.徹夜、夜間作業、その他睡気除去を必要とするとき
          3.疲労、二日酔い、乗り物酔い
          4.各種憂鬱症
          大日本製薬株式会社

      覚醒剤はドーパミンとよく似た構造を持ち、摂取によりよく似た症状を示す。ハイな感覚、多幸感、恍惚感が得られる。しかし、覚醒剤依存症はやがて精神分裂病によく似た症状を示す。

    Bニコチン
     揮発性で強い神経毒性を持つ。脳血管関門を通過する。半数致死量は0.5mgから1.0mg。ヘロインやコカイン以上の依存性がある。ドーパミン神経系を刺激し、快の感覚をあたえ、依存性の薬物として機能する。毛細血管を収縮させ血圧を上昇させる。血中半減期が20分から30分。

    Cアルコール
     アルコールは水にも溶け、脂質にも溶け込む両溶性の物質であり、摂取すると即座に体内に取り込まれ、脳血管関門を通過する。しかしながら、アルコールは酵母のアルコール発酵でわかるように、生命は代謝経路を備えており、分解することができる。ただ、この代謝能力には個人差があり、遺伝的な要素も大きい。

     アルコールの摂取により、抹梢血管が拡張し、皮膚血管の血流が増大する。
      皮膚温度の上昇→赤い顔→放熱量の増大→寒気

     飲酒後、1時間程度は血糖値が普段に比べて7%程度増加する。その後、長時間にわたって、15%程度低下する。

        1時間程度の興奮とその後の精神的レベルの低下→お茶漬け、ラーメンが欲しくなる

     アルコールは神経細胞膜の脂質、膜結合タンパク質に影響を与え、神経伝達物質の放出を抑制すると考えられる。その結果、全体的に脳は抑制的になるが、生命の存続に重要な下位の脳よりも総合的な判断を行う新皮質のほうが影響を強く受ける結果、本能的行動が前面にでやすく、抑圧されていた脳が解放されることがある。
     比較的強い依存性があり、アルコール依存症になると前頭葉の萎縮が顕著となって、うつなどの精神疾患が現れることになる。

    Dシンナー
     シンナーやアセトンなどの有機溶媒も細胞膜を通過しやすく、神経に影響を与える。この点ではアルコールに近い性質と作用を持っているが、人類は代謝経路を持っていない。この結果、肺から吸入した有機溶媒は、肺から放出されることを待つ以外に体内濃度を低下させることができない点、アルコールに比べて影響が大きく、長時間継続することになる。
     有機溶媒の中のトルエンは神経麻痺作用があり、酩酊状態となる。依存性があり、障害は精神障害を中心に、多岐にわたる。

    Eカフェイン
     コーヒー、緑茶、紅茶、ココア、コーラ、チョコレートなどに含まれるアルカロイドの一種であり、興奮作用を持つ精神史劇薬として機能する。覚醒作用、解熱鎮痛作用、強心作用、利尿作用があり、総合感冒薬や鎮痛剤の成分として用いられる。摂取を中止すると、2日後に集中欠如、疲労感などが感じられることがあり、軽い精神的依存があると考えられる。

     これまでの内容でわかるように、通常の食生活の中でも精神に若干の影響を与える物質が少なからず存在し、我々の精神状態に影響を与えている。「明日頑張れるように今夜は○○を食べよう!」、「疲れたからお茶にしよう」などの行動は、知らずして神経系に影響を与える物質を摂取したい、という行動に他ならない。
     要は、激しい作用があって、副作用があり、健康被害が発生するか、強い習慣性があり、脱却することができないか、あるいは習慣性は無いか、といった点が問題なのである。
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