T.群落の構造と分布
4.極相植生の分布を支配する環境要因

 (1)温度
     温度は最も理解しやすい分布制限要因である。生物の活性は化学反応であるので、低温では不活発であり、温度の上昇につれて活性が高まり、一定温度以上では逆に阻害される。適温や生長できる下限温度、上限温度は生物によって様々である。具体的には、冬季にロゼット葉を維持しているタンポポの仲間は、冬季の低温でも十分な高能率の光合成をあげており、夏の高温時には夏眠してしまう。凍結にも強く、低温における生育に適応しているといえよう。一方、熱帯系の植物の多くは低温に弱く、霜にあうと簡単に死んでしまう。高温に対して強い抵抗性を持つ植物としてはラン藻類の一種である、いわゆる「温泉藻」は100℃近い熱湯でも生育が可能である。

    【低温に対する適応】
     生物体内の主要な化学反応は酵素によってコントロールされている。酵素のはたらきは温度によって異なり、最もよく機能する最適温度(至適温度)がある。生育期間が限られている一年草では特定の温度に対応した酵素を持てばよいわけであるが、一年中緑葉を維持している常緑植物では、一種類の酵素だけでは対応が困難であることになる。すべての常緑植物が複数の酵素を備えていることが証明されているわけではないが、シラカシでは低温の冬には冬用の、高温の夏には夏用の酵素に切り替えることよって、季節に対応した効率の高い光合成を行っていることが知られている。
     冬季の凍結は、常緑植物にとっては大きな驚異になる。細胞液内に糖分やカリウムなどの無機イオン含有量が多いと、凍結温度が低下して凍りにくくなる(モル濃度氷点降下)。多くの植物は、低温にさらされるにつれて細胞液内の溶存物質を増加させ、凍結への抵抗力を増加させている。例えば、北極圏に生育するユキノシタ科のクッションプランツ(Saxifraga caespitosa)では、12℃で育てられたものでは-5℃までの凍結耐性であったが、9℃で育てられたものは-10℃まで耐えることができた。また、東シベリアのアイリス(Iris sibirica)の葉は-70℃まで、根茎は-35℃まで凍結に耐える能力があった。
    【気温と植生の分布】
     植生と気温の関係を考えてみる。例えば-10℃と-20℃:数字的には違うものの、どちらの気温でも植物は休眠状態であるので違いはない。どれくらいの温度から植物が生育できるのか(意味があるのか)は、厳密には上述のように種によって違いがあるはずであるが、大まかには5℃以上の気温が有効であるとされている。つまり、5℃以下の気温では植物は十分な活性を実現することができないので、生長に関しては無意味な数字であり、5℃以上の気温、すなわち9℃であれば5℃との差:4℃が意味のある気温であることになる。
     このようなことから、5℃以上の気温を積算した温度:「積算温度」が植物の生長・開花・結実などのライフサイクルを理解する上で重要であることが認識されている。積算温度には、1日の平均気温で算出する方法や月平均気温で算出する方法がある。農業で使用される積算温度は日平均気温と5℃との差を用いる場合が多い。しかし、日本あるいは世界の植生分布を対象とする場合には気温の精度も低く、月気温と5℃との差を積算した「暖かさの指数」を用いるのが普通である。暖かさの指数による植生分布は、谷や尾根などの地形を考慮する場合には荒すぎるが、日本全体の植生分布などでは、ほぼ対応関係がある。

参考:暖かさの指数 に詳細な解説があります。

http://www.omsolar.co.jp/main/weather.shtml
から引用

 前ページの植生分布とよく対応している

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