ユクノキ Cladrastis sikokiana  (マメ科 フジキ属
 ユクノキは,本州(関東以西),四国,九州に分布する落葉高木で,岡山県では北部北西部(川上町,神郷町,富村,湯原町,加茂町)の山地に自生し,少ないとされています(大久保,1999)。なるほど,私はまだ,この木を数回しか見たことがありません。見当が悪いという話を差し引いても,それほど普通な種では無いことは確かなのでしょう。

 この種について始めて知ったのは,図鑑やフィールドではなく,「水谷渓谷の森林植生(豊原・波田,1989)」を読んだ時でした。別名ミヤマフジキといわれるユクノキに,当時は随分と憧れて,水谷渓谷にも何度か足を運んだものですが,結局当該地では,ユクノキは私の視界には入ってきてくれませんでした。
 ユクノキに出会えなかった代わりに,急傾斜地や谷沢を目の前にすると,ついつい登りたくなる習性が身に付いてしまいましたが,それはそれで良いことでしょう。



 この写真は,そのような頃,県北西部のフィールドを移動中に偶然見つけたユクノキをおさめたものです。
 ユクノキは,渓流に面した斜面下部に生育していましたが,通常であれば,この花や葉は写真におさめることが出来るような高さではありません。ちょうど木の上半部の辺りに道路が通っていたのでした(山側に道路があるため,明るくて,枝・葉や花をこちら側に向けてくれたのでしょう。)。
 さて,ユクノキには同属の類似種であるフジキも県内に自生しています。平凡社の図鑑の写真を見る限りでは,フジキの花との区別は顕著ではないですね。葉のイメージは多少違いまして,ユクノキのやや鋭い形に比べ,フジキは丸っぽさが感じられます。葉質はユクノキの方がやや厚ぼったく見えます。両種を手にとって見ることが出来れば,その違いはかなりはっきりとしたものになってきます。

ユクノキとフジキの区別点
小托葉冬芽
ユクノキ葉質は若干厚ぼったく,葉形には切れがあり,平面的な気がする。葉裏は紛白っぽい。無い。褐色の毛に覆われる。
フジキ葉質は若干薄く,葉形には丸みがある。葉の縁が波打つ場合が多いように思う。葉裏は淡い緑色で少々艶やか。小葉の付け根に刺状の小托葉がある。ただし,結構脱落しやすいものではないかと思う。冬芽が黄白色の膜に包まれている。

 下の写真は8月下旬に神郷町で採取したユクノキの標本です(最下の小葉は脱落しています)。刺状の小托葉もありませんし,葉裏もなんとなく粉白と言われればそれっぽいような気がします。



 冬芽については,冬に現地で確認しなくても見ることが出来ます。下の写真は,上に示した標本をしばらく押しておき,ある程度乾いてから,当年の葉軸の付け根の部分をはがしてみたものです。



 両方の品が揃って,始めて両者への理解が深まるような気がしますね。フジキの標本を探してみることにいたします。

 さて,手に取ることが出来れば,わけはない両種ですが,だいたい標本なんて採れない場合が多いです。渓谷などの攪乱源に生育する樹木のほとんどは,陽生であり,崩れて明るくなったとみるやいなや,水分条件が整っていれば,かなりの短期間で上層に達する場合が多いように思います。上層に達する間の競合の中で,下枝は日照の不足から維持できなくなるのでしょう。未だかつて,手に届く高さに,両種の枝葉がぶら下がっていた事はほとんどありません。こういった手合いで,同定に泣かされた樹木としては,他にヤマトアオダモ,イイギリ等がありました。

 県北の発達した森林を調査する際には,双眼鏡は欠かせないグッズの一つですが,初めて見る樹木に対しては有効な武器にはならないですね。10m以上上方にそよぐ知らない樹木の葉っぱ・・・泣きたくなります。見えないものは見えないのですから,先ずはシルエットをきちんと記憶し,時には樹肌,時には樹形,時には落ち葉等,臨機応変に特徴を捉えることも大切だと思います。それで同定できるのであれば,ばんばんざいです。

・・・・が,やっぱり手にとって見てみたいですよね。
 幾つか,そのような上層の葉を持ち帰る方法があります。一つは木登り。私は高所恐怖症であるのと,スックと伸び上がった直径20cm以上の一本幹に登るテクが無いため,滅多にチャレンジしませんが,近隣に枝を張っている樹木があればチャンスです。目標とする樹木に登るより標本は得やすいです。自分の体重と枝の強度との関係を考慮しつつ登りましょう。
 もう一つはグッズを利用する。波田研御用達の水草キャッチャーが,実はかなり有効です。金具が頭に降って来ないように十分注意いたしましょう。

(写真&文章=岡山県環境保全事業団:難波靖司)



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