物質循環からみた生態系
生物の体を構成する物質の中で、環境中不足しがちな物質は、生物群集の中で通貨として機能する。生態系の仕組みをこのような物質の移動・循環の観点から見ることにより、理解を深めることが可能になる。このような、環境中に不足しがちな物質は、栄養素として位置付けられるものも多い。
生態系中における物質循環で取り上げられることの多い物質としては、有機物、炭素、窒素、リン、カリ、カルシウム、マグネシウム等がある。
- 有機物循環:森林におけるリターフォール(落葉・落枝)として取り扱われる場合が多く、植物が土壌へ与える影響がよく調査されている。実際には動物によって消費される有機物量や土中における根などから供給される有機物量なども考慮する必要があるが、これらについては十分な研究段階にはない。
- 炭素循環:炭素の循環については、地球温暖化と関連して精力的な調査が開始されつつある。光合成による炭酸同化、呼吸による二酸化炭素の発生などが調査対象となる。有機物生産の基礎となる物質であるが、植物の光合成能力から見る限り、現在の大気中に含まれる量はあまりにも少なく、十分な日照があっても植物は高い光合成能力を発揮できない状態である。
- チッ素(N)循環:チッ素はアミノ酸の構成成分として重要である。チッ素が不足すると植物はタンパク質含有量が低下し、酵素反応などにも障害が発生する。
- リン(P)の循環:リンはDNA等のヌクレオチドおよび細胞膜を構成するリン脂質の構成成分として重要である
- カリ(K)の循環:細胞内に集積され、浸透圧の調整に貢献する。
- Ca,Mgの循環:細胞内の浸透圧調整および酵素などの構成成分として重要である。
1.チッ素の循環
(1).チッ素固定を行う生物
大気中に80%程度も含まれる豊富な物質であるが、窒素ガス(N2)は非常に安定性が高く、簡単には生物体構成物質として取り込むことができない。次に述べる特殊な生物のみが大気中の窒素ガスを固定することができる。
- アゾトバクター Azotobacter:好気性の細菌。有機物をエネルギー源とし、窒素ガスを固定する。
- クロストリジュウム Clostridium:3〜4μの嫌気性細菌、繊毛を持っており運動する。耐酸性が強く、ほとんどあらゆる土壌に分布しているが、チッ素固定能力はアゾトバクターよりも弱い。
- 根粒バクテリア Rhizobium:マメ科植物と共生する細菌。根に形成される根粒中で増殖し、根粒が成熟すると消化され、マメ科植物に利用される。マメ科植物が荒れ地に生育が可能であること、豆類が高蛋白食品であることなどは、この根粒バクテリアとの共生によるものである。
- 藍藻の一部 Anabena, Nostocなど:比較的貧栄養な環境に生育する藍藻植物の中には、空中チッ素固定能力があることが知られている。水田等の水域における富栄養化に関連していると考えられる。
- 放線菌(フランキア):ハンノキ属、モクマモウ属、イチョウ属、グミ属、ヤマモモ属などの植物はフランキアと共生関係にあり、空中チッ素を固定している。特にハンノキ属植物に関しては、その高いチッ素固定能力に着目され、治山回復などで植栽されている(オオバヤシャブシやヒメヤシャブシなど)。
高等植物は、単独ではチッ素固定ができない。チッ素固定にはエネルギーが必要であり、無意味なチッ素固定は行わない。アゾトバクターやクロストリジュウムなどの自由生活細菌は自らの成長・繁殖に利用するために必要なチッ素を固定しているわけである。例えば、土壌にチッ素などを含んでいない炭素源を与えると、これを利用・消費してバクテリアが増殖する結果、有機物総量は減少するが、チッ素の絶対量は次第に増加する。
このような生物的チッ素固定の他、自然的な窒素源の供給としては、火山活動によるアンモニアガスの放出、落雷や光化学反応によるNOxの生成が想定される。
また、人類の活動がチッ素源の増加に大きく影響を与えていることも知られている。通常のたき火程度の温度では、チッ素ガスと酸素ガスは反応しないが、例えばエンジン内部のような高温・高圧の元では反応して酸化窒素・亜酸化窒素が形成される(これらを総称してNOxという)。温度が高いほどNOxは形成されやすく、ガソリンエンジンよりもディーゼルエンジンの方が、温度が高いので形成される率が高くなる。高出力のエンジン(燃料消費量が少ない→二酸化炭素発生量が少ない)ほど、あるいはダイオキシンの発生しない高温焼却炉ほど、NOxに関しては問題が大きいことになる(ジレンマである)。
(2)チッ素の変換
植物は一般にアンモニウム塩や硝酸塩などの無機チッ素化合物を吸収し、硝酸塩も一旦アンモニウム塩まで還元し、アミノ酸の合成に利用している
生物体を構成していたタンパク質が、嫌気的条件で分解される場合にはアンモニア態チッ素が放出され、好気的条件で分解される場合には、亜硝酸態、あるいは硝酸態チッ素として放出されることになる。土壌中に無機態のチッ素が蓄積する場合には、最も安定な(酸化された)硝酸態チッ素として存在する。植物が吸収した硝酸塩は次のような経過をたどってタンパク質に合成される。
硝酸塩→亜硝酸塩→アンモニア→アミノ酸→タンパク質
(3)脱窒
(1)で述べたように、空中窒素固定細菌などが活躍すれば、次第に富栄養となる。このような栄養分の遷移が土壌中で発生すれば、地上部の生物体量(バイオマス)が増加することになり、森が発達して植生遷移として表されることになる。一方、チッ素循環系への収入ばかりでは、常に富栄養な環境のみしか存在しないことになる。循環系に取り込まれたチッ素の一部は、アンモニアガスとして空中に放出され、あるいは土壌中の嫌気的部位において窒素ガスへと変換され、窒素循環系から失われる。
(4)植生と窒素
表1は森林型とリターフォール(落葉・落枝)量、そしてそれに含まれる栄養分の量である。測定値の分散が大きいのは、森林の遷移度の違いや経年変化等によるものである。森林は例えば台風や干ばつなどの気象条件などによって年によって大きく異なる。したがって的確な値を得るためには、少なくとも数年間の測定が必要となる。
そのような制約がありつつも、表1のデータは全体としては、非常に有益な情報を提供している。まず、乾物重量について見てみよう。寒冷地から熱帯に向かって土壌に供給されるリターフォール量は増加している。沢山の落葉・落枝があるということは、生産性が高い事を示している。
一方、それに含まれるN量も増加している。乾物重量を含まれる窒素量で割って比率を求めると、寒冷地における窒素含有量は少なく、熱帯に至るほど含有量が多くなっている。すなわち気温の高い場所ほど窒素量の多い、栄養分豊かな落葉が地表に落下していることになる。このような窒素を多量に含むリターフォールは生葉時においても同様であると考えられ、葉を食べる昆虫・動物に取っては有利であると考えられる。
表1.森林型とリターフォールおよびその養分量
|
調査
林分数 |
乾物
t/ha・yr |
N
kg/ha・yr |
乾物/N
|
P
kg/ha・yr |
K
kg/ha・yr |
Ca
kg/ha・yr |
Mg
kg/ha・yr |
亜寒帯・亜高山常緑
針葉樹林 | 4 |
4.23
±0.97 |
29.93
±16.43 | 141 |
2.57
±1.31 |
7.05
±2.30 |
26.89
±7.59 |
(2.7)
- |
温帯常緑針葉樹林 | 41 |
4.57
±1.42 |
33.21
±12.61 | 138 |
2.82
±1.35 |
9.25
±4.68 |
33.02
±17.23 |
4.59
±1.42 |
温帯落葉広葉樹林 | 40 |
4.07
±1.00 |
44.92
±17.09 | 91 |
4.05
±1.92 |
15.98
±8.64 |
52.81
±25.81 |
7.90
±3.95 |
照葉樹林 | 13 |
6.51
±0.81 |
72.75
±8.57 | 89 |
4.78
±2.18 |
24.95
±12.11 |
72.23
±14.18 |
9.84
±1.75 |
熱帯林(常緑樹林) | 32 |
9.87
±2.36 |
144.0
±38.41 | 69 |
7.86
±3.16 |
56.34
±30.35 |
126.0
±60.14 |
35.51
±12.53 |
このようなリターフォール中における窒素やリンの含有量は、同一気候帯における森林の違いにも存在し、尾根に発達する森林では窒素含有量が少ないことがわかっている。尾根などの塩類溶脱地形においては栄養分が流れ去り、不足気に見なる。そのような場所では栄養分の少ない植物体が形成され、昆虫や動物にとって、栄養価の少ないものとなる。
温暖な地域ほど窒素含有量が多い事の1つの理由は、バクテリア等による空中窒素固定反応が温度に大きく影響されるためである。空中窒素固定反応の速度は温度が10℃上昇するごとに反応速度は3倍になる(Q10=3)。このような温度依存性は、熱化学反応の中でも温度による影響が高い部類にはいる。つまり、熱帯では空中窒素固定が盛んであるために、窒素が豊富であり、タンパク質に富んだ植物体が形成され、これらを食料とする動物達も多量に生息することが可能となる。もちろん、寒冷地では全くその逆が言えることになる。
下図は、日本における森林型における窒素量(横軸)と窒素含有比率(縦軸)を示している(左の図)。窒素の総量が多い場所(横軸の右側)では、乾物の窒素含有量が高く、窒素の総量が少ない(全体的に有機物も少ない)場所では、窒素含有量が少ない事実がわかる。
森林型で見れば、ヒノキは窒素含有量が少なく、広葉樹林、特に常緑広葉樹林はリターフォール量も多く、その窒素総量も多く、豊かな森林であることを示している。1つの山で考えれば、山頂や尾根筋にはアカマツ林やヒノキ林が発達し、斜面下部にはツブラジイやタブノキなどの照葉樹林が発達する。立地に合わせた窒素循環経済であるといえよう。
図の説明:縦軸は窒素やリンの含有量の逆数である。したがって、上にあるほど窒素やリンの含有量が少ないことを示しており、△や▲のヒノキ林における腐植土には同じ量の落ち葉が堆積していたとしても、窒素やリンの含有量は少ないことになる。横軸は年間・1ヘクタールあたり、どの程度の量の窒素やリンが供給されているかを示しており、同様にヒノキ林では供給量が少ないことを示している。
2.リンの循環
リンは、生物体の構成物質として重要であるが、基本的には岩石の風化による供給が主である。造岩鉱物が風化され、その構成物質である P、K、Ca、Mg などが溶出し、植物が利用可能な状態になる。このような岩石の風化および植物体への吸収は、菌根菌の働きが大きく貢献している。植物に吸収されたこれら栄養分は植物から動物へと移行し、生態系中を循環するが、長期的には水の流れにしたがって川から海へと流亡する。
川や海から再び陸上へもどる経路は2つある。1つは海底などに堆積した泥土が岩石となり、やがて地殻変動によって陸になり、この堆積岩が再び風化するという、とてつもながい地質学的年代における循環である。もう一つは、水界に到達したリンが
植物プランクトン→動物プランクトン→小型動物→魚→水鳥
という食物連鎖により、陸上へともたらされるものである。カゲロウ類などの水生昆虫が羽化し、陸上に飛来する場合には、水界から陸上へ相当量のリンを回帰させることになるし、水鳥の糞が堆積したグアノやこれが変性したリン鉱石なども、基本的には動物によるリンの陸上への回帰である。水生昆虫の豊かな水域は、これら動物によって栄養塩類が除去され、水質浄化に関しても、良好な生態系であるといえよう。
3.有機物の循環
窒素やリンなどの循環は、基本的には有機物の中に含まれているので、全体的には有機物の循環として理解される必要がある。有機物は生産者である緑色植物に源を発し、動物や菌類などの形態へと変化しつつ生物群集の中を循環している。有機物の分解は細菌や菌類などの生物現象であり、これらの活動は温度や酸素の有無などの環境によって支配されている。
@温度要因
温度が低いと生物活動は低下し、有機物の分解速度は低下する。冷涼な地域では分解量が有機物の生産量よりも下回る傾向が高く、森林の地表面には厚く腐植土が形成される事が多い。
A酸素
土壌中に水が多量に含有されており、移動しにくい場合には無酸素状態になることがある。このような場合には好気性細菌などの活動が押さえられ、有機物の分解が抑制される。このような例の典型的な事例は湿原であり、典型的な例ではほとんどが有機物から構成されている泥炭が形成される。
BpH
中性付近や弱アルカリ性の環境では生物活動は活発に行われるが、酸性の環境では生物が活動しにくい。有機物が分解する過程においては、酸が形成される。森林土壌などでは複雑な組成を持つ有機酸(腐植酸)が形成されるので土壌は酸性化する。湿原の泥炭形成過程でも同様な物質が形成され、場所によってはpH3台に低下することもある。
これらの環境条件の他、植物から供給される有機物の化学組成によっても分解速度は大きく影響される。例えばアカマツなどの針葉樹落葉は樹脂を含んでおり、分解しにくい。地表に供給された有機物が分解されないと、物質循環の停滞が生じる。このような有機物が大量に蓄積された場所は、多量に栄養物質を保持してはいるものの、実際に生育している植物には栄養物質は供給されず、新たな栄養物が域外から供給されない限り、貧栄養な状態となってしまうのである。