イノシシの被害→その後のリュウキンカ
当初、イノシシが何を食べたのかがわからなかった。
リュウキンカの群生地であり、イノシシが活動したのは1月の終わりから2月のはじめだったので
リュウキンカが狙われたのか、とも思っていたのだが
リュウキンカ→キンポウゲ科→有毒植物という連鎖が脳裏に浮かび、リュウキンカであるわけはない
と思ってしまっていた。

しかし、閲覧した方から「リュウキンカは早春の野菜ですよ」との情報をいただいた。
考えてみれば、岡山県の県北の蒜山ではキンポウゲ科の水草であるバイカモの一種、ヒルゼンバイカモを白和えなどにして食べる。キンポウゲ科=毒草というわけではなかったのである。

キンポウゲ科の植物の中には早春に花咲く「春の妖精」と呼ばれるグループがある。
このような植物は枯れ野原に芽生えて花咲くのであるから、草食動物のターゲットとなるのは必然であるといえよう。
早春植物は、有毒植物として防御するのは当然と考えていたから
キンポウゲ科=毒草という印象を持っていたのであった。
バイカモやリュウキンカなどの足場の悪い水湿地に生育する植物は
化学的防御を行わなくても良いのであろう。
と考えてみたのだが、ドクゼリは類似した環境に生育しながら、猛毒である。

さて、イノシシが狙いを付けたのはリュウキンカとヨシであると考えてよさそうである。
その後のリュウキンカはどうなったであろうか。
ハンノキ林の林床に発達していた草本の植生は一掃されてしまったのであるが
リュウキンカは一早く回復し、数年後には以前と同様に五月の連休ころには湿原を黄金色に染めている。
時に植生をリセットし、遷移の進行を抑えて優位な状況を保つというのがリュウキンカの戦略かもしれない。
2017/05/03のリュウキンカ群落
適当な画像が無いので、極最近の画像でご勘弁いただきたい。
上の画像は2017年5月3日の「様子であり、林床に一面のリュウキンカの開花がある。
イノシシの被害から年後ら15年後であり、相当な年月が経過しているのではあるが、
比較的早期にリュウキンカは回復した。
埋土種子などもたくさんあったのかもしれない。
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