アカマツ Pinus densiflora (マツ科 マツ属)
【マツ枯れ病の原因】
全山のマツが紅葉して赤く見えるほどのマツの集団枯損は、マツノザイセンチュウと
マツノマダラカミキリによるマツ枯れ病である。大気汚染などの環境汚染が大きく影響しているとの意見もあるが、典型的なマツ枯れ被害木の
年輪解析では、大気汚染などの慢性障害のような障害があるとは考えにくい。植生の遷移や里山の管理放棄、環境汚染や地球温暖化などの要因が複雑に絡んでいるものと思われるが、疫学的な調査や接種試験などから、マツノザイセンチュウが病原であり、これを媒介するのが運び屋:マツノマダラカミキリであるとするのが、現在の定説であると考えて良かろう。
病原であるマツノザイセンチュウはアメリカのものと遺伝子的に同一であることがわかっており、第二次世界大戦後の米軍進駐後にマツ枯れ病が発生したことと符合している。日本のマツ類はこのアメリカ産の材線虫に抵抗力が低く、激害となりやすい。
【マツ枯れの傾向】
○海抜との関係
マツ枯れの被害は低海抜地で激害となり、高海抜地に至るほど被害は減少する。この現象は媒介者であるマツノマダラカミキリやマツノザイセンチュウなどの動物活動期間と関係があるとされている。病原と運び屋の成長と活動に十分な温度とその持続期間が発病と伝播には必要である。マツ枯れ病が流行し始めた当初、中国地方では海抜400m程度より高い場所ではマツ枯れ病は発生しにくいと考えられていたが、最近はそれよりも高い場所でも被害が発生し始めている。地球温暖化による気温の上昇によるものか、病原生物の方が低温に順応しつつあるのか、好ましい事態ではない。
○植生の発達との関係
良好に成長したマツほど枯損しやすい。亜高木に甘んじていた個体は生き残ることが多く、禿げ山などに生育する矮小な個体はあまり罹患することはない。もっとも禿げ山に近い状態では、枯れても再びアカマツが再生し、アカマツ林が継続するのでマツ枯れの被害は結果として小さいということもある。
全体的には斜面下部から中部にかけての良く発達したアカマツ林は被害に遭いやすく、全損となる場合が多い。このような場所では林床に多くの樹木が生育しており、これらの植物とアカマツが競合関係にある可能性が高い。
○樹齢との関係
若齢の林ではマツの集団枯損は発生しにくい。一部のマツは枯れるが、これは過密な状態で発生する自己間引きと考える方がよい。マツノザイセンチュウを接種すると発症するので、若木が特に抵抗力が高いわけではなく、カミキリムシが大きな個体を選択することや、競合植物の少なさなどが関係しているであろう。
○斜面方位
南向き斜面と北向き斜面を比較すると、南向き斜面の方が被害が大きい傾向がある。発症したマツに水を十分供給すると回復する例があることから、マツ枯れには水分不足が大きな要因となっていることが考えられる。渇水の年に被害が多発することや、南向き斜面で発生しやすい点、さらに競合植物が多い植生で発生しやすい点も同様に水分不足として考えると理解しやすい。
○クロマツはアカマツに比べてマツ枯れ病に対する抵抗力が低い
クロマツの材は構造的に線虫が移動しやすく、マツ枯れに対して抵抗力が低いことが知られている。瀬戸内海沿岸域のマツ類はクロマツの遺伝子を持っているものが多く、このことがマツ枯れ病の蔓延と関係しているかもしれない。クロマツの遺伝子を持つマツは成長速度が速いので、人為的に選抜された可能性も高く、長い年月の中で成長が良好であるが、枯れやすい林になっていたのかもしれない。
【マツ枯れ病の将来】
アメリカでは弱ったマツを枯らす程度の能力しか持たなかったマツノザイセンチュウが日本に渡来し、抵抗力をほとんど持たない日本のマツに出会うととんでもない病原性を発揮する事になってしまった。その結果、マツの個体数は激減してしまい、マツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリはその生存基盤を抹殺することになった。病原性の強い線虫は周囲のマツを抹殺してしまうので、その個体群そのものも新たな感染対象がいなくなる結果、死滅してしまうはずである。病原性の低い個体群は風土病的な存在となり、持続的にゆっくりとマツを枯らす結果、生き延びていく。
一方、枯損を免れたマツは枯損したマツに比べて若干でも抵抗力を備えているはずである。マツのライフサイクルは線虫に比べて遙かに長いが、このようなことが繰り返されていくにしたがい、抵抗力のあるマツと病原性の低い線虫のみが生き残り、マツ枯れ病は風土病化していくものと考えられる。