1.自然回復を目指した緑化
 大規模開発における緑化の内、建物の周辺などにおける庭園的要素を持つ緑化に関しては、土壌改良や散水などの管理を行うのが通例であり、特に大きな制約はない。しかしながら、長大法面などに関しては、周囲の自然景観との調和などの観点から、自然性の高い緑化が必要である。
 ここでは、基本的に自然に戻すタイプの緑化について述べていく。

(1)牧草の播種による緑化
 法面の緑化は、外来牧草の数種を混播して吹き付ける施工方法が一般的であり、広く実施されている。
 a.工法
 基本的には「種子+土壌+パルプ+肥料+染料+糊料」を水で溶解しポンプで圧送して法面に吹き付ける方法がスタンダードである。
緑色の色素が混合されているのは、吹き付けの場所と程度を確認するためである。吹き付け厚は場所や目的によって異なるが、数cmであることが多い。
 岩盤などの緑化では、植物が生育する土壌がないために、数センチ厚の吹き付けでは植物が生育することが困難であるので、5〜10センチの厚さで基盤材の吹き付けを行い、その上に種子を含んだ基材を吹き付ける工法が採用される(厚層基材)。
 厚層基材はしっかりと岩盤に固着し、崩落しない工夫が必要であり、基盤材の中にファイバーなどを混入する手法などが行われている。

 b.主要播種植物
シナダレスズメガヤ
 葉が細く、乾燥に強い。したがって切り土法面、特に南斜面では他の種が生育しにくいために、優占種となり安い。欠点としては、株立ちになる傾向が高く、年月が経過すると株と株の間が広がって侵食され安くなり、崩落の原因となる場合がある。また、着火しやすいので山林火災を誘発しやすい。本来ならば道路周辺の緑化には用いたくない種である。近年、礫の多い河原に生育が見られるようになり、河川生態系の混乱を引き起こしかねないとして注目されている。

オニウシノケグサ(トールフェスク)
 常緑の多年生草本で、冬季も緑葉を維持している。適潤地で優占する傾向が高く、岡山沿岸部の法面では北斜面や斜面下部などで優勢となる。道路の路肩や畑の周辺など、時折刈り取られる草地に広がっており、普通に見られる。品種改良が進んでおり、多くの品種がある。ヒロハウシノケグサとオニウシノケグサの交雑により作出された系統が多いと思われ、両者の中間型も多い。

カモガヤ(オーチャードグラス)
 柔らかい多年草でヨーロッパから牧草として導入された。花粉アレルギーの原因植物として問題になっている。

 d.外来牧草による緑化の利点と問題点
 緑化に使用される外来牧草は高度に改良されたものであり、常時大量に確保できること、播種すれば時期を問わず発芽すること、旺盛な成長が期待できること等の利点を持っている。このような牧草の特性は、将来とも草地として維持・管理したい場所においては、日本の植物ではない点を除けば、優秀な緑化方法であるといえよう。
 一方、自然性の高い植生に戻したいという観点からみれば、初期における牧草による緑化の成功は在来種の侵入を遅らせることになる。特に木本類の侵入は大幅に遅れ、数十年も吹き付け牧草の群落が維持されてしまう例もある。また、根の発達する層が表層に限られることも草本による緑化の宿命である。したがって、立地によっては法面の安定には貢献できず、表層の崩落が発生してしまう可能性も考慮しなければならない。

(2)郷土(在来)種による緑化
 帰化牧草による緑化は当初から密な植被を形成し、在来種の侵入が遅れてしまう。このような点を克服するために、当初から在来種を播種し、郷土種の定着をはかる方策が考えられた。

a.特性
 在来種は、当然の事ながら品種改良がなされておらず、播種によって一斉に発芽することはない。初期成長も良好とは言えないので、在来種のみによる緑化は困難であることから、外来牧草と混播する方法がとられることが一般的である。

b.主要播種植物
ヨモギメドハギススキ

c.在来種緑化の問題点
 在来種は休眠性が高く、播種しても一斉に発芽しない。さらに、日本の四季に対応したライフサイクルであるので、冬までに十分な成長ができないと、枯死してしまうことがあるなどの問題点も大きい。
 在来種による緑化の最大の問題点は種子の供給である。人件費の高い日本においては、野生植物の種子の価格は非常に高いものとなる(とはいっても工事全体の経費に比べると、ほとんど問題とはならない金額ではあるが)。このような状況から、特に指定しない場合には、外国産の在来種が播種されることになる。つまり、日本に生育しているヨモギも朝鮮半島から中国に生育しているヨモギも同一種であり、在来種であることには違いがない。メドハギに関しては、日本産の種を中国に持っていき、そこで栽培して増殖し、日本に種子を輸入する方法が実施されている。これら外国由来の在来種に関しては、現地雑草の種子も混入しており、新たな帰化植物導入の原因になる可能性が指摘されている。

(3)一年生草本を主体とした緑化
 多年生草本を播種すると、木本の侵入が遅れる傾向が高いことから、当初は一年性草本により緑化し、同時に木本種子を播種しておくことにより、早期に木本種による緑化を実現しようとする方法がある。
 播種する植物としてはメヒシバカラスムギなどの一年生草本が主体となる。このような緑化においては、播種した植物が長期にわたって播種した地域で永続的に生育することを期待していないので、園芸種であるコスモスを播種しては、という意見もある。同時に、シロツメクサなどのマメ科植物をわずかに混播しておくと好成績となる場合がある。

(4)基盤材のみによる緑化
 在来種の種子を得ることは簡単ではない。少なくとも数年の準備期間が必要である。また、ブナのように数年に一度しかほとんど結実しない植物もある。特に国立公園の特別保護地区などのように、厳正な保護が必要な場所においては耕地雑草や外来牧草を利用することは慎まなければならない。
 草本種子の播種による緑化は、雨滴などによる表層土壌侵食を防ぐ目的であるので、当面何らかの表面侵食防止措置を実施しておき、周辺からの植物の侵入に期待する方法がある。種子を含まない基盤材を吹き付けて表面侵食を防止するわけである。この方法はある程度の年月が経過した段階では良好な成果をあげている。
 結果を評価するまでの期間・年月が重要なポイントである。

(5)ポット苗による樹林化
a.背景
 従来、樹木苗による緑化は畑地で栽培された苗木によって行われてきた。この方法はマツやスギなどの植林する手法を利用したものである。畑で育てた苗木は植林直前に掘り取られるので、根の一部は切り取られることになり、輸送中の根鉢の崩れやそれの防止のための根巻き作業などが必要となる。
 植林作業は植栽適期に実施されるが、工事により発生した法面などの緑化は、時期を選ばない緑化が実施されることが多い(その事は、実は大きな問題であるのだが)。そのために根の損傷がない、ポットに植栽して育てたポット苗が利用されることとなった。ポット苗による植栽は、(元)横浜国立大学の宮脇昭教授の提唱した、極相林構成種のポット苗密集植栽の流布によって、一挙に広まった。

b.ポット苗植栽の問題点
 ポット苗による植栽は、法面などの樹林化に関する緑化技術として活着率の向上、多様な苗を準備しておく事ができるなど、大きく貢献したといって良い。ポット苗の種類も多様な種が準備されており、思わぬ種も入手できるようになった。しかしながら、問題点がないわけではない。
 当初、宮脇式緑化と呼ばれる極相林構成種の密集植栽は、工業団地などで公害防止などの環境林として実施されることが多かった。密植することにより草本の侵入を最低限に押さえることができ、苗木の成長によって、成長の悪いものが次第に間引きされ、やがて極相林へと育っていくと考えられており、メインテナンスフリーの緑であると言われていました。しかしながら、成長して結果が分かるにつれ、つぎのような問題点の存在が明らかになりました。
@自己間引きが発生しない
 自然の森林では、沢山の実生が存在し、成長に伴って次第に個体数が減少する、自己間引きが発生する。限られた面積で生育する事ができる樹木の個体数は限られており、樹木が成長するにしたがって、樹木の個体数は自然に減少するわけである。
 しかしながら、常緑樹密集植栽では、自己間引きが発生しにくく、年月が経過しても植栽当時の本数がほぼそのまま生残してしまう。その結果、樹高は高くなるものの本数が減少しないので幹直径はあまり太らず、モヤシ状態の細くて高い木から構成される森林となってしまう。このようなモヤシの林は強風には抵抗力が低く、台風などで被害を受けやすい。
 このような自己間引きが発生しにくい状況は、同じように植栽で成立した植林地でも見られる。スギやヒノキの植林地においても、植栽された個体はほとんど枯死せず、森林を健全に育てるためには成長が遅れた細い個体を人為的に除去する必要がある。このような作業を間伐と呼ぶが、この作業は植林事業における作業の中でも、かなりの労力が必要である。間伐が適切に行われていないと、細くて樹高だけが高い森林が形成されてしまい、台風などによって大きな被害を受けやすいことも類似している。
 自己間引きが発生しにくい原因に関しては今後の研究に待つ必要があるが、地下部における根の発達状態に問題がありそうである。スギの植林地における研究では、植林されたスギの根はお互いに絡み合っておらず、この根の発達範囲の狭さが、地上部の競争の少なさと関連している可能性が高い。なお、このような根の絡み合いの少なさは、斜面の地滑り型崩壊が植林地で発生しやすい事と関係があるものと思われる。
【関連項目:ポット苗による緑化例 岡山リサーチパーク / 岡山県立大学 / 岡山県自然保護センター

(6)播種による樹林化
 苗による樹林化は、上記のように問題があることが指摘されている。これらの欠点を克服するためには、自然が樹林を回復しているような、種子から発芽した実生による樹林化を実施する必要がある。

a.苗と実生の根系の違い
 苗から成長した個体は、地表直下に吸収根を発達させる傾向が高い。つまり、根は下に向かって伸びずに横に向かって成長している。元々、土壌としては地表面直下が最も生物活動が活発な場所であり、ほとんどの根はこの層に分布している。
 種子から発芽した実生は、種によって違う傾向があるものの、直根を発達させる傾向がある。砂に蒔いたアベマキは、2年間で1m以上の直根を発達させた。このような直根の発達は、将来の樹木の成長にとっては、直立するために必要な手段であると共に、草本の根が及ばない深い層における根の存在は、水の確保に関しては安定的な環境であると思われる。
 【関連事項:ポット苗と実生苗の根系の違い、】

b.播種による樹林化の実際
 @種子の発芽特性
 木本種子にも播種してもすぐに発芽しない、難発芽性の種子がある。これらは種子表面に発芽抑制物質やワックスなどを持ち、種子への水の浸透を防ぐなどによって休眠状態を長期に持続するものである。このような特性を持つ植物は、土中に埋土種子集団として存在し、伐採などの攪乱によって発芽する、二次林の構成種である場合が多い。
 マルバハギは種子表面にワックスを持っており、そのままでは水が種子内に浸透せず、発芽しにくい。この種子は軽く加熱することによって発芽が促進されることが知られており、山林火災跡地において優占することと符合している。
 クズは次年度に発芽する大型の種子と数十年にわたって埋土種子として存続する小型の難発芽種子を形成することが知られている。小型の種子は伐採や倒木などのギャップ形成によって休眠が打破され、発芽する。
 これらの種子を高い発芽率とするためには、何らかの前処理が必要である。

 A種子の成熟
 木本種子の中には、果実が熟して散布されても、発芽するまでの段階に胚が成熟していない場合がある。ソテツモチノキの仲間は胚の成熟に数年を要する。したがって播種されて発芽するまでの数年間、種子の生命持続に必要な程度の安定した環境が持続される必要がある。
 これらの種は、播種による緑化に関して不適であろう。

 B種子保存
 コナラアベマキクヌギなどの落葉カシ類の種子は休眠しない。秋に落下すると直後に根を出してしまう。冬季においてもゆっくりではあるが根を伸長させ、春の発芽時期には30cm程度まで根を発達させる。5℃程度までの地温であれば根を伸ばすので、冷蔵庫において保存することは困難である。また、乾燥によって発芽能力を失うので、乾燥状態で休眠させて保存することも困難である。したがって、このような植物の種子は採り蒔きが原則である。

 C成長特性
 種子による緑化は苗による緑化に比べて当初は著しく小型であるのは当然である。しかしながら数年後は苗に追いつき、その後の成長は播種実生の方が勝る。苗による緑化は当初は水不足による枯損が生じないような管理が必要であり、実生による緑化は、当初は草本による被陰を防ぐための管理・工夫が必要であることになる。
 土壌改良や肥料の施用は草本植物の成長を促進することとなり、相対的に肥料などの効果が少ない木本種にとって不利益となる場合が多い。樹木への施肥は初年度は行わず、次年度以降に行うのが基本であるが、工期などの関係によってそのような行程が実施しにくい事が多く、問題である。

 【関連項目】
  法面の樹木播種工に関する研究
  自然回復緑化研究会 第4回 研究会レポート
  植物の戦略:根

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